第二章 典雅王と魔物娘 終

ダウード1世8年二つ目の地固月14日。この日も、朝から謁見の間には、多くの者が集い報告と陳情の列をなした。幕僚、地方の県令、周辺国の外交官、各地の有力者。挨拶だけでも、数十分を要した。

正午すぎ、最後の謁見者を見送ると、続いてダウードは昼食を摂りに廊下へと出た。そこに、彼を探す者がやってきた。明るい色の朗らかな青年であった。

「兄上、ご機嫌麗しゅうございます」「カリムよ、次期皇帝に障りがなさそうで余も満足じゃ」彼は、弟に冗談めかして挨拶を返した。「何をおっしゃる、私と貴方兄弟の仲ではございませんか」「ふふ、悪かった」

「いえいえ…」「して、余に何か用か?昼餉は食したか?これから昼餐に行くところだが」「…兄上にはお見通しでしたか」「…また皇太后殿下のことか?」「如何にも」

ムスタファの事実上の廃立と、ダウードの即位は皇太后の勢力を削ぐことはできたが、完全に排除とは行かなかった。未だ後宮での権力を保持し、有力官僚と宦官長を抱き込んでいた。

「…ヘレーネへの仕打ちには、これ以上は腹に据えかねまする」カリムの言葉には、忸怩たる思いと苛立ちが滲んでいた。「不甲斐ない、余が、兄が苦労をかける…」「兄上が謝ることではありませぬ!」「それでも…だ」

ヘレーネ、ガリオスの末娘にして、皇太子妃である。今は、東帝国の皇女の身分であるが、カリムとの成婚で、後宮の一員となる。(そうなれば、私にも守りきれんやも知れぬ)

その時、彼らの元に足音が近づいてきた。「…自室で落ち合おう。誰ぞの耳に入るかわかったものではない」「承知致しました」「なあ、カリム…」「はい?」「お前は、好いてくれるおなごを守ってやれ」「…わかりました」ダウードは弟の背を見て、一呼吸後会食の部屋へと向かった。

〜〜〜〜〜
ダウードは、寝るまでの間執務室にて、一日の公務に関する資料をまとめ、勅書に目を通すことを日課にしていた。

彼の書物を捲る手が止まった、即ちドアを叩く何者かに気づいたのだ。「カリムか…鍵はかけておらぬ。入るがよい」彼は、肩越しに扉が開かれる音を聞いた。

「ヘレーネのことについてだが…」「ヘレーネ?妾以外に親しくするおなごがおったのか?」「…何と」その声は、カリムより低く、しかし細いものであった。よく知るそれは、「アマシスよ。いつぶりか…」

「妾も無沙汰だったがの、お主はいつも簡素な手紙だけだった。流石に待つのに飽いたわ」彼女の話し方には、ダウードを責める意図以上に、会えたことへの嬉しさが含まれていた。

「近衛兵は何をしておるのだ」「まあ、そう言うでない。本気でアマゾネスを一人も入れないとすれば、寝ずの番をする豪傑が千でも足りぬわ」ダウードは、アマシスの言葉が冗談か本気か測りかねた。「それが誠ならば、余は眠れぬな」

「ふふ、さあてな」彼女の目が嬉しげに細まった。彼は、意を決して切り出した。「して、汝は何をば欲して余の閨に入り込んだか?」アマシスは、答える代わりに鼻を鳴らした。

「単刀直入よな、政と読み合いが勤まるのかの?」「何を申すか…余と汝の仲ぞ。今更探られて痛い腹があるものか」彼女は彼の言葉に一瞬面食らった。「…そういうところが」「どうした?」

「つまりだ。シシュペーやオウィデウスら、お主に貸し渡した郎党から、何よりお主の書状から、窮状を察しての…」「…余のためにか」「悪いか?」

ダウードは、深い皺を更にくしゃくしゃにして笑みを作った。「…汝には助けられてばかりよな」「…勘違いするでない、お主、弟君のために全てのしがらみを受け持って、消える気であろ?妾はただ逃がしたくないだけだ」

「逃げるとな?」アマシスは、ダウードに近づき手を取った。「そうだ。妾も君主の端くれ、命を尽くして国を守る、一族を守ると決め込む気持ちもわかる」「…」「だが、燃え尽きるには…生を捨てるには早い」「しかし…うっ」

彼女は爪が食い込むほどに、彼の手を強く握った。「お主がいなくなるのは悲しい…妾の唯一の対等な友がだ」「すまない…」「頼れ…君たる強さは個人の才覚だけではない、人を、街を、国をうまく使うことにある。お主は妾の部下を、ミュルミドーンを、忠を尽くす旧来からの臣の手を借りただろう」「!」

「妾は頼りないか?」「違う!」ダウードは、アマシスの手を強く握り返した。「ずっと逢いたかった!友が、お前がいることが心の支えだった!」「ではなぜ?」「…こんな頼りない姿を…逢ったら必ず弱音を吐くと、見られたくなかったのだ」「愚か者め!なればこそ、逃げるな!妾にも頼れ!」

彼は息を呑んだ。これほど必死な彼女の姿は見たことがなかった。「…ふふ」「何ぞ?気色悪い」「いやな、お前のこのような姿、例え親兄弟でも見れるものではなかろうな」彼女は一度言葉を飲み込むと、すぐさま赤面し手を
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