第一章 第五皇子と<貪食族>〜荒野のグール〜その4<♥>

マフムートの目の前にいたのは、昔から彼に仕えている女官、幼馴染と同じ顔をしている鬼女であった。月明かりに照らされた彼女の表情は、彼の知らないものであった。

(かわいい…まるで初めて会った日のよう…)ナディーヤはマフムートの困惑と好奇心の入り混じった顔に、乳母になった日を思い出した。

捕らえられ、何日もラクダの背に縛られ、たどり着いたのは見たこともない大きな都であった。そこには、生きた人間がたくさん往来を行き来していた。荒野でよく見かけるクーフィーヤを被ったベドウィン、ヒジャーブを着た女、甲冑の兵士。黒い髪も、金髪も、茶色の目も、青い目も、赤く日焼けし顔も褐色の容貌も、何もかも新鮮であった。

(私は、これからどうなるのだ…)人間に捕まった上に、昼の日光により身体からが力が抜けていた。抵抗もできない。鎖につながれ、街の奥の一際大きな建物に連れてこられた。そこには、更に絢爛豪華たる服装の人間達がいた。奴隷商は、その中の一人と何事か話し、最終的に納得したのか互いに抱擁した。

彼女は更に、建物の奥の別棟に連れていかれた。そこには、鋭い眼光以外、黒い布で全身くまなく覆った兵士がいた。(地上の人間にも、女の戦士はいるのか…)彼女らは、鍛え上げられてはいたものの、背格好からその性別が疑い知れた。そして、その建物からは、白髪の混じったきつい目つきの高貴な女性が現れた。

鎖を解かれたナディーヤは、その女に連れていかれ、同じくらいの年の頃の娘たちの中に入らされた。そして彼女は、宮殿の下女となった。数か月後、末の皇子の世話係が暇を取らされたとして、後宮では後任探しが行われた。最終的に、身寄りなく、また人間よりは身体能力に優れた彼女が選ばれた。

皇子は、知識に貪欲で、宮殿内の庭園をよく走り回り、また側仕えの大人には質問攻めにした。彼が迷子になろうものならクビ、必死に追いついていても質問に答えられなかったり、子ども扱いする者は嫌った。そうして、何人もやめ、また次にお付きになろうとする者も減っていた。

(マフムート様…あなたは兄弟間の諍いから、父君の冷酷さから…周囲の無理解から…人を試しましたね…)彼女は、足音一つ立てず、しかし素早くマフムートの眼前に近づいた。彼は、気づいた時には押し倒され、地面に横たわった。

「ナ…ナディーヤ…これはいったい…」「ふふ…」マフムートの口は、ナディーヤの以上に伸びた爪の人差し指で塞がれた。「一つ、昔話をしましょうか」彼女は、もう一つの手で彼の体を優しく撫でながら言った。かつて皇子が寝入るまで、乳母がしてくれたそれであった。とたんに、マフムートの抵抗は落ち着いていった。

「これは、ジャッダ(おばあちゃん)が教えてくれた話…」その言葉に、マフムートは聞き覚えがあった。「知っているぞ…グーラ(雌グール)と旅人の話だ」「あら覚えてらっしゃいましたの?」ナディーヤは悪戯っぽく尋ねた。「何度話してくれたと思っている…もしや、私は旅人なのか?」旅人はグーラと知らずに恋してしまい、紆余曲折を経て最後は食われるところを助かる様を面白おかしく脚色した話だ。マフムートは今の状況に重ねた。

「そうですね…旅人の褥でついにグーラの正体が暴かれるのです。さて、あのお話は実は子供向けだったのですよ…」マフムートを撫でていたナディーヤの手は、服の端を掴んだ。「そうだったのか…では、本当は旅人は…うっ」彼の唇に、ナディーヤのそれが重なった。長い舌が口を犯し、液体が混じり合った。

「…うふう。そうです、こうやって味わい尽くされて、食べられたのですよ…」ナディーヤは、マフムートの襤褸着を脱がせた。痩せていたが、肌艶の良い褐色の裸体が見えた。「ああ…」マフムートは恐怖と興奮から息を吐いた。かつて幾度となく、着替えを手伝われたのに、今夜のこれは羞恥心と淫猥さが滲んだ。

「お話の中で、どうしてグーラが愛する男を食らおうとしたか、不思議に思っていましたよね…」「…何度も聞いたが、結局君は答えてくれなかったな…」「私は、その答えを知っていましたが、いざ自分がこうなると…んむ」「ううっ」ナディーヤは、マフムートの首筋にむしゃぶりつき、舌を這わせた。「自制…なくなり…貪るようになると…本当の意味で理解しました」

「どういうことだ?」「あの話のグールは、旅人を食らう前に交じり合いました。愛情表現の一環…そうとも言えますかね…」ナディーヤはマフムートの頸動脈を撫でながら答えた。「しかし、それは理の変わる前だろう?何故、私を味わうのだ?」彼女は嬉し気に目を細めた。

「こちらの壁画をご覧ください」ナディーヤに促され、彼は壁面の一部を見た。古代の楔形文字と「男を丸
#21534;みにするグーラ」が刻まれていた。「これは…」「これには、『産まれ、育ち、番う。
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