後編

拙僧は、そうして住職様と孤児達とともに数十日ほど過ごしました。もちろん、食い扶持はそれ以上の厄介にならないよう、托鉢や採集で糊口を凌ぎました。

「栄清はなんで坊さんなんかやってんだ?」日焼けした少年三平が、僧侶の背おう籠に木の実を入れながら話しかけた。「何故、出家したかですか?それは、跡目争いを防ぐため、と言えばお分かりか?」栄清は顔だけを向けて答えた。

「栄さんって、お侍さんだったの!?」山草を手に取り、嗅ぎ分けていた美根がその言葉に驚いた。「てことは、この辺の水軍を率いてる三宅の殿様とこの出なのか!?」三平がさらに質問した。「拙僧はこのあたりの者ではござらん。強いて言えば、都よりも遠い東の国の出身でございます」

「そうなんだ…ねえ、なんか術はできないの?あたし、化けるの得意だよ!」そう言うと、美根の顔は陽炎のように歪み、三平と同じものになった。「俺はこんな間抜けな面じゃねえぞ!」彼は、狐耳が付き、鼻水を啜る自分に抗議した。「あんたなんか、いつまでもはなたれ小僧で十分よ!」「何だと!」二人は取っ組み合いになった。

「おやめなさい」栄清はそれぞれの肩に手を置き、引き離した。「三平、美根。凪波尼殿が言っていることですが、互いを意識するのであれば、力でなく、悪戯でなく、悪口であってはなりません」「でも栄清…」三平は僧侶の言葉に反論しようとした。「でもはなし。そして美根…」「はい…」

「三平の顔に確かに似ていました」「でしょ!」「おい!」狐耳の少女は破顔し、少年は怒った。「しかしながら、人様の顔を誇張するのはよろしくない。顔とは魂に等しいもの、それを歪めるのは貶めることに繋がる」「ごめんなさい…」美根は耳を折り俯いた。

「喧嘩するほど仲が良いとは言いますが、素直に言葉にすることも大切ですよ」僧侶は二人の頭を撫ぜた。「別に、俺はコイツと仲良くなんかねえよ…」三平は頬を赤らめて言った。「あ、あたしも、別に三平のことなんか…」「なんかとはなんだ!」「そっちこそ!」二人は互いを指さした。「二人とも…」

「たいへーん!助けて!」その時、大声を出しながら走り来た者がいた。孤児の一人、おとみであった。「どうしたんだ!」「先生やみんなが、水軍に囲まれてるの!」「なんと!?」栄清は驚愕に目を開き、籠をその場に捨て駆けだした。「待って!栄さん!」「俺たちも行くよ!」「皆さんはこちらで隠れていてください!もし、日が暮れる前に戻らねば、村の方にお逃げください!」「でも…」子供たちは表情を曇らせた。

「拙僧は心配ご無用!こう見えて、荒事や調停には慣れております!」「栄さん/栄清!」二人の声を背に、僧侶はまるで突風が如く林を駆け、砂浜を目指した。坂になった獣道が開けると、入江には船が泊まっているのが見えた。その中央に立つ帆の先端には、丸に波を描いた旗が刺さっていた(あれが、三宅水軍!)

「へへへ!尼さんよぉ、言う通りにすりゃ、悪いようにはしねぇからよ!」ぼさぼさの髪を後ろのまとめ、髭面の男が尼装束の女と童子たちを縄で縛り、小舟に乗せようとしていた。付近には、ちぐはぐな鎧姿の者たちが槍や刀を手に,下脾た笑みを浮かべて囲んでいた。

「待ってくだされ!」栄清はわき目も振らずにその場に走りこんだ。気づいた周囲の水軍の浪人達が得物を手に彼を阻もうとしていた。「何者だ!」「坊主が何の用だ!」しかし、僧侶は立ち止まることはしなかった。制止を振り切るため、彼は手を翳した。「御免!」瞬く間に、周囲に旋風が起こり、浪人達はもんどりうって転んだ。「うげっ!」「てめえ!」尚もその武器で刺突を繰り出そうとしていた。

「南無三!」栄清は槍を掴むと手刀でその穂先を折った。「喝!」「んぬ!」そして空中の穂先に蹴りを入れ、そのまま浪人を気絶せしめた。「幸吉!しぐれ!…凪波尼殿!」僧侶は一心不乱に全員に呼び掛けた。尼僧はそれに気づき振り返った。「栄清殿!来てはなりませぬ!拙僧達は大丈夫です!」

「何だあ?坊主が俺たちの商売にケチ付けんのか!」髭面の浪人は、刀を抜くと切っ先を栄清に向けた。「拙僧、栄清と申す。冷泉山如意輪院の法力僧にござる!」「だからどうした!てめえはこの妖怪やガキどもと何の関係があるんだよ!」浪人が手で合図すると周囲の兵士が僧侶を囲んだ。

「そのあやかしは依頼により、拙僧の目付のもとにある!これはこの地を治むる領主、海東家のお墨付きが…」栄清は国人の朱印が入った書状を取り出した。訝しみつつ浪人は、この書状をひったくるように読み始めた。「えーと、如意輪の僧を求む。…この地に居ついたあやかしを探り、その誰何と是非を行うべし。生死を問わずその証を持ち帰り給う。だと」

「これでわかっていただけるか…拙僧がいる限りそのあやかしは悪さを行うことはないのです!」僧侶
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