ペトラは、洞窟の中、草のベッドでアンモライトや琥珀に閉じ込められたソルジャービートルと共に、寝転んでいた。新聞のスクラップ記事を読むと、ルイ・グランという名が目に入った。以前から古代生物学者の名前として何度か新聞記事を飾った。今回は、しかしながら「児童略取誘拐犯」として、法廷に出頭したという内容だ。「パパ…」
「グルグルグル…我が子…匂い?」ドラゴンゾンビは、卵の殻を嗅いでみせた。そして、鼻先を風下に持っていき、周囲を振り返った。巨大な骨の竜は、一歩進むごとに張り子を石膏で固めるがごとく肉付けされていく。ペトラと館長のもとへ、ふらふらとした足取りで。
「…なんで、どういうこと?」「…赤い月、もしかしたら、魔力が充満している今夜、ペトラが近づいたことで?」館長は、何事かうわ言めいて口走った。「…我が子、どこだ?」ドラゴンゾンビは、目が見えていないのか、見当違いな方にいったり来たりして、展示物を壊しながら捜索していた。
「…ママなの?」「そこにいるのか…」骨の竜の長い尻尾が、方向転換する時に壁を破壊してしまった。「…一体何の音!?…これは!」憲兵が駆けつけて笛を鳴らした。その瞬間、風を劈きワイバーンが数体、床を掘り抜いたワームが出現した。
すぐさま、ドラゴニア家庭裁判所にグラン、ペトラ、母竜は護送されることになった。被告グランは、ドラゴニア憲兵の取調で容疑を肯定した。一方原告として、ペトラと古竜は証言に立ったものの、それぞれ認否と(アンデッド化による意識混濁で)証拠能力不十分であった。
竜族の悠久の歴史においても、「前史時代の卵が孵化し、やむを得ず養子にした。それが、親が蘇生したことにより不同意な誘拐事案と化した」という複雑怪奇な事件は前代未聞であった。
ペトラは、「父親」と引き離され、「母親」の「実家」である発掘現場に棲むことになった。グランの求刑は、刑事的な追及が不可能とし、民事的に財産を差し押さえ、母子の生活に充当することになった。博物館は閉鎖、博士号剥奪の上で、学会を自主退会することになった。
一方、名もなき竜に関して、本人の記憶がなく、身元を特定するにしても古代生物学的検証が必要かつ縁者たる同族が絶滅しているのでほとんど不可能であった。ドラゴニア建国どころか、ドラゲイ帝国、ひいてはメイレフ時代にすら存在していない彼女は、化石から復活したが社会的には死竜である。
「我が子よ…腹をすかしてないか?」「ママ…これ生のお肉」現代のドラゴンたるペトラにとって、火を通さない血抜きもされてない獣肉は、とてもでないが食べられるものではなかった。「…そうか。お前は孵って…まだ10年…乳を好むか」地響きを鳴らし、骸骨と仮初めの肉でてきた巨大を裏返した母竜は、獣がそうする様に腹を見せた。「…少し待て…」「…お腹すいてないから、大丈夫」「そうか…」
未だ人間の姿にならぬ古竜には、もちろん乳房はない。ましてや、皮もなく骨格丸出しの胴をや。彼女はなぜか、このような仕草をする。ペトラには、このドラゴンゾンビを母と呼ぶ実感がないが、さりとて彼女の善意を無碍にするのも忍びなかった。母娘の関係は、この数日ぎこちないすれ違いに終始した。「あのお…こちら、ペトラ・グランさん母子のお宅でお間違いないですか?」
「…!?何者だ!…我が宝を狙う不届き者か!?」「ひいっ!?」「ママ、ダメ!」母竜は、ドラゴニアの役人を丸呑みにせんと迫った!「…母子の団欒に分け入ってすまぬ。だが、我が乗り手に手出しは許さん」男を守らんと、ドラゴンが阻んだ。「グルグル…小さき生き物…我々…何故乗らせる?」
「何故か…愛する者であり、家族であり、友であるからだ」「愛、家族…友だち?」ドラゴンゾンビは、人間とペトラ、対面のドラゴンを嗅ぎ比べた。「我々…小さき生き物…同じ?」「さあな…ただドラゴンと人間も手を取り合ってはいる。それだけだ」
母竜は、娘と自分を再び交互に確認した。確かに娘の匂いがするが、同族ではなく小さな生き物(人間)と近い香りも混じっていた。再び、自己の匂いを調べた。「土、骨…硬い石?」ドラゴンゾンビは訝しんだ。まるで死体のように自らが感ぜられた。生きた者の芳しさではない。
彼女は、目として灯る青白い火に意識を集中した。娘の魂…魔力が見える。それは、輪郭が人間だが、中身はドラゴンのものであった。自分と同じだった。人間の男と、そのパートナーのドラゴンを探知した。それぞれ、輪郭が同じだか、中の魔力は違っていた。竜の魔力ではあるが、自分や娘と微妙に異なっている。彼女は、ここに至り自分が何者か思い出そうとしていた。
あの頃、人間はいなかった。毛の生えた小さな生き物、自分と同じ鱗を持つが小さい生き物、少し大きい羽虫、鬱蒼とした森林があった。仲間は余りいなかった。
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