欲界他化自在天

皇紀千六百六十六年頃、波洵所夜魔女莉莉絲打倒。莉莉絲想以慈愛治満天下。由縁、将成他化自在天焉。天帝受遣勇者共志跟第六天魔。因両人婚姻、故其偉丈夫即化楽天。

西方より、天魔を下した女悪魔、第六天魔王が日の国へと襲来した。天津神々は、天御中主之神(主神)への救援を求めたが、交信が途絶して久しく応えなし。国津神々は、事態を重く見て静観を取った。人間の都では、御門から下人まで震え上がり、閉じ籠ってしまった。あやかしは、物見遊山に魔王に謁見した。

その中には、かつての国母であった黄泉津大神「伊佐波」の姿もあらせられた。簡素な襤褸を身に纏い、半身は火脹れ腐敗し、半身は焼け焦げたが、未だにそのかんばせは死蝋のように美しさをお留められていた。神々も子孫も我が身可愛さに、民草を守らぬとあっては、死神たる彼女も重い腰を上げざるを得。後ろには、黄泉醜女(ゾンビ)や黄泉軍(落武者)の大群を率いて、魔王に対峙した。

「ワレ、なをば、イザナミとぞいふ。ひいにしところのめのけ、リーリーシーよ。ひいずる、ワレがくににいずくんぞきにけりや。こたえのいかんでは、ナレをあのつへかくさむずなり」(我は斑波という名前だ。日の沈む方から来た、女悪魔リリスよ。日の出の国たる、私の国に何故来たのか?答えによっては、汝を彼の津(あの世)に送ってしまうぞ) と黄泉津大神はおっしゃられた。

魔王は、隣に立つ偉丈夫を制した。彼女が一礼すると、後ろに居並ぶ多数の悪鬼羅刹の軍勢が膝を屈し、遂には武者も剣を納め恭しく頭を下げた。傍らの、白髪の娘も促されお辞儀した。そして、腹を擦ってこう言った。「子を持つ身なれば、その肚の重さたる、痛みたるこそ知るところ侍れ」(貴女と同じく子を持つ母であり、その気持ちや心配は痛いほどわかりますよ)

イザナミはしばし顎を擦ると、数歩歩き、白髪の悪魔の子供の目前にお立ちなされた。皆が固唾を飲んで見守る中、黄泉の女王は幼子の頭をお優しく撫であそばされたと言う。

「つまり、この時魔王が懐妊していたのが、第二のリリム。歴史的には、『閻魔』と呼ばれる存在なのかね?」大蛇の背に揺られて、ヤナギダは暗い洞窟を進む。「ええ。先生が、御門から命を受けた凶兆とは、即ち西方の妖怪の女王が上陸したことに他なりません」

彼らは、道を塞ぐ注連縄に封じられた、大きな要石の前まで来た。その回りには、複数の黄泉軍が槍を手に守衛している。「磐國姫尊、そちらの御仁は?」「こちらは、公家…いえ民俗学者で神職の八奈木麻…ヤナギダ先生にございます。地獄を見物なさりたいと」番兵は、槍の穂先を外に向けた。

「よき旅を」ヤナギダは見送る彼女らを見て、耳打ちした。「死出の旅をよき旅とは、すさまじきよ」「まあ、中津国の人にはそう聞こえましょうが、決して悪気はのうございます」「それはすまなんだ」「かつてより、我らが母も高天原の夫君(つまぎみ)との蟠りも少なくなり、生者へも柔らかくなりましたよ」

「ということは、私はこれから君の母君に挨拶しに行くようなものかね」「まあ、嫁乞いの申し入れをしてくれますの?」「嫁入り前に、呼ばい、それもおなごの側からしたことを赦してくれようか、まだしも黄泉津大神の…」

「さあ…それは逢っていただいてからにございますれば」下り坂を進むごとに、人魂の光を頼りに、仄暗い景色を眺めていく。燃え盛る火も、金物の木々が見え、おどろおどろしい世界は、しかし、古い時代の亡者やあやかしで賑わっている。

桃の木が咲き乱れ、文字通り雨後の筍の竹林、葡萄の蔦には、それぞれ異国の天女や、熊のような妖怪、捻れ角で簫を奏でる者達がいた。「存外、棲みやすそうな邦よな」「先生が良ければ、一緒に屋敷でも建てましょうか?」

「なれば、叫喚の獄に繋がれたいものだナア。阿鼻るほど、呑めぬ苦行に、共感か。とね」「先生、お酒はあまり呑みすぎてはいけませんよ。というか、本来叫喚は酒呑みを戒めるためにありますので」大蛇の巨体は、暗雲を伴って加速していった。

「流石、黄泉に八岐広がる雷雲が一柱。付瀬伊加津地の異名を取るだけはある。いやあ、速い速い」雷霆が音に先んずるが如く、磐國姫は文字通り電撃的に加速した。「ふふふ、姉妹の中ではこれでも遅うございますけれど」「ヤマタノオロチは、本当に恐ろしいナア」

黄泉の中心部、高床なる社には亡者が跪いて祈りを捧げていた。そこには、「光輝く闇」が鎮座していた。大蛇は、木葉のようにはらりと着地すると、人間の手を地につけ、額を低めた。ヤナギダも同じようにして、五体投地を行った。

すると、社の戸がゆっくりと開き、中から腹の底に響く、美しくもおぞましい高い声がした。「イワクニビメ、かげをみせるはいくとせぶりや、やおももとあまりや、やれなつかし。さては、そばなるおつごはいづれ
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