コーヒーとは、乾燥させたコーヒーノキの実を、挽いて湯煎して、抽出した飲料である。この飲料に由来するカフェインという物質は、疲労を緩和し、中枢において混乱を低減させる。
タバコは、タバコという植物を乾燥させ、紙などで巻いて整形し、燃焼させた煙を吸い込む嗜好品だ。代表的な有効成分のニコチンは、やはり向精神的作用で疲労を紛らわせる。
両者が、人類に気に入られて、栽培されるようになったのには、共通点がある。中毒性だ。酒とはアルコールの一種、エタノールが含まれる飲料群で、やはり常習性がある。
さて、酒害は人類史と切っても切れぬ関係にある。デメリットを失くして、メリットだけを享受することは出来ぬのか世の常。それならいっそ、全て禁止すればよいとなるのが摂理だ。そして、禁止されればされるほど、欲求が刺激されるのが人情というもの。
「司法は道を外れた者に容赦しない、行政は個人の事情を勘案しない。法治とはそういう運用を行わねばなりませぬ」「まあ、だからと言って、締め付けすぎて、暴走したら問題だがな」
黒い髪を後ろに撫で付けた、カソックコートの神父、ダスターコートに傘代わりに帽子を被る刑事。彼らの後ろで、五体当地する店主と、「最低限の採取」を行い、後の酒瓶……「古くなったグレープジュース」を側溝に廃棄していく。
「ほ、本部長!神父殿も…警察署に『抗議』する集団が…」「連中も飽きないものだな…」「これはチャンスですよ。抗議とは、すなわち対話を求めること。交渉のテーブルに着かせる手間が省けるでしょう」神父は、猫背の本部長を擦った。
警察署の前には、暴徒が詰めかけていた。あたりには、芳しく、刺激的な甘めの果実酒の香りが立ち込めた。酒精の密度は、庁舎が陽炎のように揺らめくほど、火を付けられそうな濃さ。
酒を口移しで飲み交わす男女。ティナーサックスや、トランペットを調子外れに、しかし楽しげに吹く山羊角。恋人を背に乗せ、競馬のようにロータリーを走り回る人馬。正に蟒蛇のように、酒を浴びる大蛇。狂気的な光景が広がっていた。
それらを率いるのは、ブドウの葉をあしらった美女…の像を運んできた、三人の魔物であった。「…あのクルマ、警察のお偉いさんよ!」ホップのコサージュを付けた、イブニングドレスのラミアが叫んだ。
群衆を掻き分け、道を作る機動隊。神父が何事か呟くと、本部長と三人の間に半透明のガラスのような光が生じる。五人は、警察署の中に入る。
「だから、私達の経営するスナックやカバレットにたまたま、発酵してしまうジュースが納品されてしまうんだ。別の業者やメーカーに変えるし、全店休業で精査して業務改善に従う。その補填を出して欲しいと市長に掛け合ってるんだよ。あと、結婚式に出て貰えないかね。夫とは大学以来だろ?」
そのマフィアは、馬の耳をフェドーラ帽に隠した、上半身は高級スーツ、馬部分は豪奢なキルトの馬着である。「恐喝罪…そもそも、次期市長選の応援演説の帰りに、送迎と称して誘拐しているだろう?」「さあてね…だが、私の乗り心地は悪くなかったと言っていた、それがプロポーズの決め手でね。招待状を送っておくよ」「それはそれとして市長夫人、ミズ・シレニ、結婚おめでとう」
「ボクらも騙されていたんですよ…きっと酒造メーカーや卸売の連中が勝手に、ね」サクソフォンを手に、タキシードに身を包むサテュロスは、ブドウジュースを呷った。
「パーネ女史、貴女の公演やディナーショーばかりにアルコールが検出されるのは不思議ですね…」神父は資料に目を通した。「ボクもさあ、困るんだよね。勧められると飲まなきゃさ…いやーパフォーマーってのは辛いね」
「アタシは、なあんも悪いこたござぁせんよ。ええ、ホントですとも。ウチァ、按摩、催眠療法とお風呂の提供だけ、ソフトドリンクしかメニューにはござんす」ラミアの女社長は、紫煙を出しながら抗議した。
「ですがね、ミセス・アガサ…あんたの店から出てくる客に、赤ら顔で千鳥足の奴が何人も目撃されていて…」本部長はけぶりに咳き込みながら詰問した。「マッポをうちに入れろってかい?ヤダね!ウチァ身寄りのないコ、魔物も人間も関係なくいてね。みーんな、サツを恐がってんだよ!」
本部長室が、あわや爆発というところまで行ったものの、三人とも喜んで退出した。波が退くように、暴徒も解散した。部屋には、神父と本部長が残った
「ふう…刑事の勘ての…神父様は信じるかい?」「さあ?それも、もしかしたら神のお導きなのかもしれませんね」本部長はネクタイを外し、神父はストラを取り去った。執務机の捜査資料を、聖職者は丁寧に本棚に整理した。カソックの後ろ姿は、艶かしい曲線を描いていた。
「…」「…あっ」本部長は後ろから抱きついた。「…業
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