冥婚生活(ゴースト、ゴースト)

 許嫁、見合い、政略結婚。

 豪族に産まれる、それも三男である。父も兄も、母や乳母も、よく分からぬ名も知らぬ一門衆にも「叔(三男坊)」と呼ばれる幼少期を過ごした。姉や妹、女子はほぼ嫁ぐため、交渉材料にされるわけだが、長男でない浅学非才で、
#23593;繊懦弱の部屋住みはそもそも貰い手すらつかない。

 中央の名家門閥や高級官僚、将帥軍管と金、地位、名声や政治的資産のやり取りで、姉妹は赤ん坊以外皆家を離れた。兄達は、文にも武にも秀で、すぐに頭角を現した。自分は寺に送られることに。子供心に、「まあそうなる気配はした」と思い、大人達の失望の眼差しと溜め息から逃れられるなら何でもよかった。

 だが、出立する直前、自分と見合いの席が設けられた。小国の姫君、しかも祭祀と礼法を司る。発言権のない自分は嘴を挟まず、ただ受け入れた。相手方に顔を合わせると、やけに喜ばれた。見合い相手に逢って、理由を知る。

 ふむ。死んでいる。素人だが、断りを入れ、息や拍を確認する。未婚の女人の弔いには、「冥婚」なる習慣がある。穀潰しの令息と、物言わぬ令嬢か。なんとも、「似合う」二人だ。

 さて、両家の合意が成され、成人もしていぬのに初夜となる。棺を横に、天幕で寝返りをうつ。最初はどうにも落ち着かぬが、段々と睡魔に抗えなくなる。目を閉じる。物音に起きる。窓を見る、人影が見えた。

 数日後には、延期していた出家に向かう。約定の上ではあるが、妻を伴って修行を積むのはなんとも変な気分だ。朝暗い内から起き、身支度して先祖の廟を掃除する。「配偶者」の牌もだ。「本人」が後ろにいる状態で。

 (((…)))弔って、偲んでいる、そのすぐ後ろに影はある。何を思うのか、その石ころをどうしようが、自分には関係ないと言わんばかりだ。経典を諳じ、礼法を身につけ、安寧を願う。師の横で、姫は私の一挙手一投足を見極める。

 夜は、庵に帰る。そこには、最低限の家具と華美な位牌、白木の柩。「彼女」は礼法に厳しい。ひとしきりダメ出しする。そして、抱き締める。故郷の唄を歌う。意味は分からぬが、何とも心地よい響きに感じる。

 数年も寺にいると、それなりに形になるものだ。毎晩彼女が指導してくれるのもあるか。庵のささやかな田畑で、どうにか自給自足も軌道に乗った。(((妾の骸…柩に収まらぬ?)))

 死体が成長する?しかし、確かに彼女の躯は仰向けだったはずなのに、今は横たわっている。そして、触れた瞬間…手を捕まれ、棺に引き込まれた。濁った目がこちらを仰視している。

 動き出した「彼女」は、ぎこちなく徘徊する。言葉にならぬ呻きが、この者が僵屍であると示す。本来、鬼(グイ)と化した者の元の体に戻らねば、動き出さぬはず。だが、この者は、霊体がこちらにいるのに、うさぎ跳びで木棺から飛び出る。

 (((おかしなこともあるもんじゃな…)))寺で聞いて見ると、どうも「魂(ホイン)」でなく「魄(ポー)」のみで甦ったようだ。ホインとは、精神活動、記憶と悟性だ。ポーは、肉体活動、本能と感性。「彼女」が二人に別れたので、あだ名をつけることにした。

 グイは「瑰」、ジェンシーは「艾」とした。瑰は背伸びして、よく礼儀作法について小言を言う、几帳面な性格。一方、艾は死んだ時の年相応に、遊び笑い泣き、大雑把だった。

 二人一緒だと、姉妹にも見える。瑰は掃除が得意で、暇さえあれば念力で箒や雑巾を動かしている。艾は、ぼんやりしていると遊んでいるが、意識がはっきりしていると、経典を謡うように読み上げる。生前の彼女を知らぬが、遊び盛りでも姫として色々習い、しかし楽しんでもいたのだろうか。

 それでも、二人して遊ぶのを見ると、死後とは言え、気を張らずに振る舞える「彼女」は幸せなのかもしれない。だが、朝も昼も求められるのは流石に疲れる。笑顔を見れて、悪くはないが。
25/09/10 09:43更新 / ズオテン

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