禍福は糾える縄の如し(中編)

 「最近、えやみが流行ってるからね。アンタも気を付けるんだよ?」朝市で瓜を手に取ると、青年はおカミに忠告を受けた。「えやみですか?」「そうさ。なんでも、疫鬼(イーグイ)がこの近くに住み着いとるとか」

 「なるほど、おカミさんも、お気をつけて」青年は、瓜を受け取り、雑踏の中へと消えていく。まるで、誰かと話をしているように。「変なコだよ、ほんと。悪い人間じゃあないけど」おカミは、狐に摘ままれた思いを感じた。

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 「すみません。こちら、陳醫院でお間違いないでしょうか?」「いかにも」戸を叩く青年を厳つい白髪混じりの男が出迎えた。「診察は、まだ看板をあげてないはずだがね?」

 「これは失礼しました。わたくし、楊と申します。実は、どうしても医生(せんせい)にお伺いしたいことがありまして…」陳は、青年を観察した。みすぼらしい格好、しかし所作には育ちの良さが垣間見得る。(今の世に、没落した名家の小倅などありふれているがな)

 「小師は、陳玄六。楊…どこにでもいそうな姓だな。ならば、御身はなんと呼ばわる?」「楊…某甲とお呼びいただければ」「某甲(誰かさん)かね?全く胡散臭いが、まあ良かろ」

 二人は、席について話を始めた。近頃、近郊には流行り病が広がる。病の源は判然としない。瘴気か、穢れた人や獣と接したか、はたまた呪いか…「老婆心ながら、この件には極力関わらん方が良い。君は若い、小師のような四十がらみはまだしも、死に急ぐ理由は無かろ?」

 「わたくしは、死にたくはないです。しかし、この疫病、仮に天命とすれば、その顔が見たく思いまして」「何の…顔かね?」「疫病神…疫鬼、そんなところですか」「…なるほど」

 この男は、道士崩れか、陳はそう結論付けた。妖怪や神仙と好んで接触する変人だ。「一応言っておくが、私は君がどこで野垂れ死のうが、与り知らんぞ」「大丈夫です。わたくしは死にませんから」「そうかね」

 医者は、地図を取り出し、印を付けた。「患者の来し方から、おおよその中心を特定した。この円で、点と点からの線が三つ以上交わる…」「簡城という街ですね」青年は地図を受け取り、代わりに瓜を差し出した。「何故、小師の好物を?」

 「貴方の名はよく耳にします。死神の仕事が暇になると評判で、瓜を召し上がられるとか」「…なんだと…君は」彼が顔を上げた時には、そこには誰もいなかった。

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 「めっちゃやむ…」地面に膝をつき、チラチラと他人の反応を疑う者。「はあ…打つ打抵のう」病が治らず、死ぬこともなく毛布にくるまる者。楊は、そんな通りを、毒々しい空気を進んだ。

 「…まあ、かわいそう」這いつくばる幾人かは、その聲を聞き、朧気な輪郭を青年の肩に見る。「辛気臭い。金運も下がっちゃうわよ」反対側には、金色の影があった。死に瀕し、辛うじて生きる者達は霊視を持つ。かつての楊のように。

 「あの、大きな屋敷が怪しいよね」青年は、傍らの二人に確認した。「ええ、あの高濃度の瘴気は、きっと疫鬼がいるから…」死神は肯定した。「妖気からすると、悪気は無さそうだけれど、人間には影響が強いわよね」福神は、興味もそこそこに発言した。

 三人は、悠然と街中を進む。「ねえ、淋しい…」「温もり、優しさどこ?」住人達は、病に侵され、ただ互いを求めていた。人肌と快楽が、彼らの病状を一時忘れさせているからだ。

 「おっぱいがおっきい娘がいいな」「私に飽きた…?」黒い妖魔は、すがるように身を寄せた。太く長い乳房が、青年の背中で潰れていく。「この感触、全然飽きが来ないよ」楊は歯を見せて笑った。

 「私のだって、負けてないでしょ?」黄金の怪異は、彼の腕を自分の胸に添えさせた。張りのある丸みは、楊の指を拒まず沈ませたかと思えば、すぐに反発してしまう。「こっちも大好物だよ、でもおっきな乳は何人いても最高なんだよ」彼の静かな狂気が言葉に溢れていた。

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 病魔がいた。「ひもじい…淋しい…」病んだ緑の目が虚空を見つめていた。自分の探検で手首を切りつけ、謎めいた薬を噛み砕くように飲んでいた。

 「はあ…誰か私を愛せ〜」「いいですよ」疫鬼は振り返った。「こんにちは」「こんにちはって、誰だ!?」大鎌を反射的に向けた。「何しに来た…」

 「落ち着いて、お話に来ました」「話?」(話だと…つまり、世間話と称して、私の警戒を徐々に下げて、あわよくば…)「騙されないぞ…」「はい?」

 「魂胆はわかってる。話と称して、私を逢い引きに連れて行くつもりだな…」傷口や目鼻から、霞のような瘴気が吹き出した。「だが、丁度私も淋しくて死にそうだった。いい機会だ、早速外に繰り出そう。本日はお日柄もよく…といっても、私のせいで日は遮られているが。いや
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