ヘルハウンドぞり配達員

 「よし、後はダンジョンの主の部屋まで来たぞ」「ここまで長かったな…」「この宝で、やっと借金が返済できるわね…」冒険者という仕事は、過酷だ。収入不安定、手弁当、リスクヘッジや融資など夢のまた夢、何よりケガなどの危険がある。

 彼らは、戦士、ローグ、魔法使い。このパーティーは、日付が変わる前に、借金200ゴールドを返済せねばならないのだ。ダンジョンの財宝が手に入れば、下手すればお釣りがくる額だ。「さあ、準備はいいか?」「応!」「ええ!」

 気炎万上、いざ飛び込む冒険者たち。しかし…「ダンジョンの主は…」そこはもぬけの殻。宝箱だけが鎮座していた。その上に腰掛ける一人の男。「あっ、どうも〜。こちらの配達物は、戦士のディートリヒさんのもので間違いありませんか?」

 「あんた、何者だ?!」「物流ギルドのサムエルです。こちらの郵便、間違いなければサインか印鑑を頂けませんか?」配達員は、機械的に配達物の受け取りを求めるばかりであった。

 「まあ、いいか…」「サインありがとうございます」三人は訝しみつつ、封筒を開いた。「債権者デルモンテは、債務者ディートリヒに対して…利息分100ゴールドを含めて源泉徴収する…?!」「「ええ!?」」

 「そこに書いてあると思うんですけど、クエスト依頼者と了解が取れてて、ギルドも承認してるみたいっす。じゃ」サムエルは、そのまま宝箱を持って行こうとした。

 「待てよ!この督促状が、本物だってどこに証拠があんだよ!」ローグが抗議した。「そうよ!大体、ダンジョンの宝はダンジョンの主を倒した者が…」魔法使いは、しかし途中で言葉を切った。

 「ダンジョンの主がいないのは…」「俺の仲間が、コテンパンにしちまいやした。詳しくは、そいつに聞いて欲しいっす」ディートリヒの懸念を、サムエルは答えて指差した。パーティーの後側を…

 「我が雇用者よ、そこの連中が何か物言いを付けて来たか?」大柄な体躯は、目算で牡牛を優に越える。その声は、酒焼けて低く響く。目元は、乱雑な前髪に隠れて見えなかった。真っ黒な毛並みと、犬のような耳が、この者がヘルハウンドであると危険信号を伝えていた。

 「あっ…ああ」「やべえ…」「ゆ、ゆるして」サムエルは、宝を荷車に積むと、大柄なヘルハウンドにキスした。「この人らは、ちゃんと送り状を受け取ってくれたよ。俺たちはもう仕事したから、帰ろ」「そうか」暗黒の獣人は、雇用主の顔を一舐めして、荷車を受け持った。

 パーティーは、呆然と彼らが退散するのを眺めていた。

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 あるダンジョン付近の森には、巨大な犬ぞりが鎮座していた。森の野獣や亜人、妖精は時折様子を見に来るが、不用意に近づきすぎる者は一体としていない。その邪悪で獰猛なオーラが、動物避け・魔物避けとなっていた。

 「ご主人…遅い。浮気?」犬ぞりに繋がれた、真っ黒なファーコートの華奢な女が苛立ちを露にした。「だよねえ?!ボクお腹空いちゃったよお!」小太りの魔犬が、何かの獣の骨を音を立てて噛み砕いた。

「貴様ら!上官の命令なく私語をするとは、帰ったらしごき倒してやる!」筋肉質でジャケットにベレー帽、眼帯の女が吠える。「ああ嫌嫌。根暗、食いしん坊、それに軍人気取り…こんな群れで暮らすのは」ぬばたまの毛皮を神経質に毛繕いする、長身の女が毒を吐いた。

 「まあ、皆さん、ここは落ち着いて…この森は取り敢えず、食うにゃ困りません」大きな熊を食い荒らし、口を血塗れにしたヘルハウンドが宥めた。

 「あのうだつの上がらない飼い主サンが、仮にあたしらを捨てたとして、腹ごしらえはできるんですよ。後は、ここらで暮らすもよし、地の果てまで、あのオスを追い詰めるもよしです」その輪郭は周囲の空間ごと歪んでいた。

 「それって俺のことか?」「へへ、噂をすればなんとやらですね」荷車で宝箱と一緒に、毛深い獣人に運ばれたのはサムエルであった。

 「予定時刻:マルロクサンマル時を大きく遅滞している!いい度胸だ、今夜は泣いたり笑ったり出来なくしてやる!」ベレー帽のヘルハウンドは、嗜虐的に牙を剥いた。「イエス!マアム!イエス!お手柔らかに頼みます、ルッカ軍曹殿!」配達員は、大袈裟に敬礼してみせた。

 「ご主人…テッサと二人きり…抜け駆け?」小柄な魔犬は、しきりにサムエル達の匂いを嗅ぎ比べた。「そんなワケないだろ?俺は、みんなでヤルのが好きなんだから。まあ、今度はお前と二人きりで寝てやろうかな」彼は、目一杯小さな体を抱き締めて、髪を撫で上げた。「ライカ…嬉しい」

 「お腹空いたよお!速くおうち帰ろうよお!」小太りの魔犬は、主人の手に噛み付いた。「いってえ!心配すんな、帰ったらパーっと肉食わしてやるから」「ほんと!?」男は、だらしない腹を撫で回した。
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