第三章 征服者と魔神 その5

「つまり、新軍の連中の不満は、女と話すことすら禁じられていること…つまり、グラーム(奴隷兵)であることか」「ええ。まあ、人間とは同胞に残酷なことをなさいますね」朝焼けの中、男はベッドに腰掛け資料に目を通し、女は三面鏡に向かい身だしなみを整えていた。

「しかしだな…彼らに妻帯を禁ずるのは、言わば『家族を持たせないことで、国家に忠を尽くすさせる』という根本的なことなんだ」皇帝は、目を閉じベッドに身を預けた。「少しでも緩めれば、奴らはすぐにでも門閥貴族と化して手に負えなくなる」

「そうですね。御主人様の懸念は尤もと存じ上げます」化粧を終えたジーニー、人間に扮した「バヒージャ」は、ダウードの隣に座った。「それは、合理的であり、ある意味で不合理でありもしますね」彼女は、断りもなく主の髪を弄った。

「どういう意味だい?」「人間の文明では、基本的に男系相続をしているでしょう」「三女神が、そう世界を定めた、と学者や歴史家はもっともらしく言っているがな」ダウードは、バヒージャの膝に頭を預けた。

「まあ、世の中が治まるのであれば、私のような精霊にとって人間の風習や社会構造はどうでもよいこと」彼女は、テーブルのブドウを手に取り、主に食べさせた。「肝心なことは、女の子しか産まれなければ余程のことでは、"家"としては成立しないということです」

ダウードは、ブドウを飲み込むと、ハッとしたように頷いた。「そういえば、魔物のような類いの者は、人間と子を成したとして、女子しか産まれないと聞くけど」「さすが、聡明な御主人様。話が見えてきた様ですね。結婚したとて、男児の産まれぬ有り様となれば…」

「面白い。早速、それを軸に軍を懐柔するか」「左様でございますか」「僕も冷酷な男じゃない。彼らにも"アメ"が必要だろうね」「ただ、皇帝陛下が譲歩する側ではよろしくありません」「だろうね…あくまで彼らの側が、僕に要求したという形に持っていこう。寛大で、慈悲深く、しかし、上位者としてね」

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皇太子付き武官から、新軍の近衛隊長に任ぜられたウッディーンは、早速サヴァス・ベイ(元帥)への挨拶のため、ファーレッティン元帥のもとを訪れた。

「入ってよし」「元帥閣下、新任のウッディーンにござりまする!」彼は、努めてハキハキと、しかしわざとらしいくらいに丁寧に一礼して入室した。

「ふん。あの、"皇子サマ"、失礼皇帝陛下のお守りが、どんなヂュルズ(弱虫)かと思えば、声だけは一丁前か」「…お褒めいただき感謝致します!」ウッディーンは、ダウードの言葉に鞘に手をかける寸前であった。しかし、すぐに笑顔で返答した。

「それで、お前は中央で働くに当たり、どのような方式を取りたいのだ」元帥は、汗一つかかず、彼の態度を敢えて無視した。「あの
lt;勇士(ユィーイト)
gt;ファーレッティンに意見を賜れるとは、光栄にござる!」

「おためごかしはやめろ。ワシはお前をこれっぽちも認める気はないが、我が靡下にいる以上、どれほどのものか見極めんといかん」ファーレッティンは、皺深い目をより細めた。ウッディーンは、内臓の奥が締め付けられる感覚に陥った。

「…田舎者ゆえ、自分はまず部隊と顔見知りになることから始めまする」「何故だ。馴れ合いで、兵士が纏まるのか?」「勿論、軍規を緩めるつもりは毛頭ございませぬ」二人の武官の視線は、火花を散らした。

「しかしながら、兵が命を掛けるのは、偏にその人物を尊敬し信頼するからになりませぬ。自分は、一日でも早く新たな部下達にそう認識してもらう所存でござる!」元帥は、くつくつと笑いながら気の抜けた拍手を返した。

「いや、素晴らしい。ワシが貴官の部下であれば、命を懸けたくござる!アホめが!」彼は、ウッディーンに拳を叩き込んだ。壮年の一撃は、若き武官であればすぐに避けられたはずだが、真正面から受けたようだ。

体勢を崩したウッディーンは、すぐさま身を糺し、敬礼をした。「申し訳ございませぬ!」ファーレッティンは彼の胸ぐらを掴んだ。「お前が部下に命を掛けさせる相手は、誰だ?」「自ぶ…」平手打ちがとんだ。「…皇帝陛下だ」

「…かしこまりましてござる!」「お前は返事だけか?親衛隊は畢竟、死ぬためにいる!人型の盾だ!矢も槍も、剣も全て受けて死ぬのだ!だが、護るのはお前ではない!」「皇帝陛下でございます!」「わかったか…お前は命を預かるのだ、それが将軍、隊長、元帥だ」

「だが、お前はスルタンやパーディシャーではない。自らのために死なせるのではない…更に尊きお方の命を永らえるため、国を存続させるためだ」「かしこまりましてござる!」「ワシは、正直今上陛下のお力を量りかねておる。陛下の命で、ワシを監視しようとしておろうな」

ウッディーンは、少し迷った後に、息を吐
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