「はあぁ…」
既に多くの生物が眠りに就いた晩秋の森にひとつ、ため息が響いた。その声は若干高めであり、女性かまだ子供のものであるように思える。
かさり…かさり…
「どうしよう…」
果たして、枯れ葉を踏みつけながら木々の間をやや重い足取りで歩くのは一人の少年だった。
そしてその傍らには…
「えっと…なんとかなりますよ、きっと」
…一体のおおなめくじが寄り添うように歩いている。金色の長い髪をなびかせ、少年のゆっくりめな歩調と同じ速さで体を這わせ進んでいた。
適当なことを…と少年は一瞬だけ考えてしまったが決して口には出さない。彼女なりに気を遣って励まそうとしてくれているのが分かっているからだ。たとえ気休めでも、今はその気持ちが素直にありがたかった。だから…
「…ありがとう」
そう一言だけ告げる。
…彼らは別に冒険者ではない。それなのにこんなところをくたびれた様子でうろついているのは…簡単に言えば帰る場所が無いためである。
彼らは、正確にはこの少年は、住んでいた村を追放されたのだ。
話は数刻前に逆のぼる…
この少年が住んでいたのは山間にある小さな農村だった。季節は晩秋、これから冬に向けて収穫物を備蓄しようという時期である。そんなときにこの村で小さな事件が起こった。
倉庫に保存していた野菜が食い荒らされていたのだ。幸い被害はそれほど大きくはなくついでに犯人はすぐに見つかった。
…どこから潜り込んだのか、今少年の隣にいるおおなめくじである。
この村は別段反魔的というわけではないが、閉鎖された人間の集落というのはとかく部外者と違反者には冷酷である。しかし、発見され、その場で殺されそうになったところをこの少年は庇ってしまったのだ。
…実は少年は彼女の存在を以前より知っていた。彼は生まれつき周囲と比較して体力的に劣っており、周りと同じだけの仕事は出来なかった。故に、分配される住居も食事も最も質素、同年代の子供たちからは蔑まれ、両親ですらろくに労働力にならない癖に食い扶持だけは要求する彼の事を疎んでいた。
彼は孤独だった。話し相手が欲しかったのだ。…たとえそれが人外の存在だったとしても
両親とは離れて暮らす彼の小さな小屋…家に居づらくなった彼が空き家を改造してこさえたものである…に彼女が現れたのは、そんなときだった。
…魔物はこの村の人間をあまり好まない。そのため、周囲を森に囲まれているにもかかわらず魔物が村に入って来ることは稀である。少年の小屋は村の外れにあり、すぐそこに森が迫っている状態であった。おそらくそこから、それでも外よりは少しばかり温かい小屋の温度に引かれてやって来たのだろう。或いは少年の微かな牡の匂いに引き寄せられたのかもしれない。
いずれにしても、入口の天井裏に張り付いていた彼女は少年が外から帰ってドアを開けると同時に、その隙間からにゅるりと中に入り込んできたのだ。突然の珍入者に少年は一瞬だけ警戒するも、彼女のおっとりとした表情に敵意が感じられないのを理解すると緊張を解き、とりあえず話し掛けてみた。
「…こんばんは。僕に何か?」
「こんばんわ〜外が寒いので〜泊めてもらってもいいですか〜?」
やや間の抜けた声でニコニコと彼女は微笑みながら答える。
「…たいしたもてなしはできませんけど、うちでよければどうぞ。」
少年はあっさりと了承した。そして少し部屋を暖めようと中央に小さくある囲炉裏に森で拾ってきた枯れ枝を少しくべる。おきになって微かに残っていた火が枯れ枝に移り、小さな炎が上がる。
「ではお言葉に甘えて〜」お客のおおなめくじはそう言うと少年の傍へすり寄ってきた。そして彼の隣にぴったりと寄り添うとその手を彼のそれに絡めた。
至近距離からふんわりと香る魔物特有の甘い匂いに若干どぎまぎしながら少年は彼女の方へ顔を向けるが、座った状態の二人の体格差では彼女の細い肩には不釣り合いなほど大きく膨らんだ胸元が彼の目の前に来てしまい、少年は真っ赤になって慌てて顔を逸らした。
「…?」
少年の挙動におおなめくじの頭には?が浮かぶがとりあえず放置して純情な少年の気も知らず、絡めた手を擦り合わせて温め合おうとする。
「…どうして僕の家に来たんですか?い、いえ別に迷惑とかそういうんじゃなくて、もっと大きくて暖かそうな家がもうちょっと進めばいっぱいあるのに…」
少年なりに自分の家を訪れた客にたいした持て成しも出来ないことを気にしているのだ。
それに対して、少年の意図を察したおおなめくじはクスリと微笑む。
「私たちには…なんとなく分かるんです。その人の持つ温かさというか、魂の格というか…そういうものが。どんな魔物でも、この村の中で相手を探すということになったら迷わず最初に貴方を訪ねると、思いますよ?」
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