〜とある悪者の末路〜
――何があったのだったか。
此処はどこだろうか。
自分は、どうなったのだ…?
目を覚ました、しかしそれでもまだまどろみの中からは完全に脱け出せない男は、今の状況とここに至る過程を整理しようとする。
が、上手くいかない…
すぐに思考が霧散し、気を抜くとまたまどろみの中へ帰ろうとしてしまう。
体はまるで全身の骨格筋が溶けて無くなってしまったかのように一切の力が入らない。
ただひたすらに、心地よい安らぎが彼を包んでいた。肌に触れる柔らかな感触のそれは人肌程度に温かく時折しゅるしゅるむにゅむにゅと蠢きながら、全方向から彼の体を包み込んでいた。
ふと、自分の体に触れるものの肌触りから、自身が一糸纏わぬ姿でいることを理解する。しかし何も問題はない。体を包むこの温かなものは寒さなど全く感じさせず、むしろこれとの間を阻む衣類など邪魔なだけであるように思えた。
眠い頭でそこまで何とか整理を付けると、再び至福の眠りの中へ帰ってゆく…
「そろそろ…かな?」
そんな声が頭の上から微かに聞こえた気がした。
…ああ、なんだかぬるぬるしてきた。
…ぬるぬる?
…?
どういうことなの…。
「気分は如何?」
頭上から降ってきたその言葉に急激に意識が覚醒してゆく…。体に力が戻ってくる…。今自分が顔を埋めている、柔らかくぬめる何かから急いで抜け出そうとするが、上体を起こそうと『それ』を手で押そうとしてもぬるりと滑ってその後ろの、自分を背後から包んでいるのと同じ柔らかな素材に腕まで突っ込んでしまう。
そして両足は…感覚が無かった。
(え…?)
男は急に恐ろしくなった。自分の体か今どうなっているのか、ここは何処なのか、とにかく確認したかった。自由にならない体でじたばたと無様にもがき始める。
すると後頭部に何かが触れ、前方へ引き寄せられた。男の頭が更に埋まる。そしてそのまま上へと滑らされ、
「おはよ♪良く眠れた?」
目を開けるとそこにはやたらと綺麗な女性の顔があった。どうやらさっきまで自分は彼女の胸に顔を埋めていたらしい。今はちょうど二人を包むこの柔らかな空間で抱き合いながら向き合うようにして横たわっている状態だ。
…それにしてもぬめる。
「お前は誰だ、ここは何処だ、私はどうなったッ!?」
まだ混乱が抜けない男は捲し立てる。
「わたしはエクメア、しがないローパーよ、ただし堕神教徒の。ここは万魔殿の中の一室、わたしと貴方のために与えられた部屋。そして貴方は…」
ここで一旦言葉を切り、続けた。
「…死んだの。」
「なん…だと…」
「そう言ってしまうと正確には語弊があるんだけど、貴方のいた世界ではもう死んだに等しいという事。なぜなら…貴方はもうあそこには帰れないのだから、というより私が帰さない。」
いつの間にか後頭部にあった感触は背中に回されていた。どうやら彼女の手だったようだ。そして彼女は男を強く抱き締めた。妙にぬめる大きな胸が男の胸板でつぶれ、滑る。
「どういうことだ…、俺に何をした。」
「覚えていない?あちらの世界で堕神の使途に会わなかった?彼女によって貴方はここに送られたの。そして私が引き取った…」
「ずいぶん悪いことをして生きてきたみたいね、貴方の背負った怨みや憎しみの重さに皆引いててなかなか貰い手が現れなかったみたいよ?感謝してね?私が引き取らなければ、そのまま只の餌として愛も無く永遠に貪られ続けるだけの存在となってたんだから…
あ、そろそろいいかな…?」
そう言うと、彼女の目が男の下半身へ向く。
そこで男は思い出した。先ほど感じた体の違和感…今この瞬間も膝から下の感覚が無いのだ。…いや、足は確かにある。今はもう足の指を動かす事も出来るし、周囲の温度も感じる。しかし、何かに触れている感触が無い。まるで膝から先が無風の空中に突き出ているかのように触覚だけが欠如していた。
男は恐る恐る視線を下へ向ける。
奇妙なものがあった。
黒い、極太のチューブのようなものが2本、その先端がチューリップのように開きそれぞれ片方ずつ男の足を呑み込んでいる。
「なんだこれ…」
「私の触手。」
2本のそれは彼女の腰から生えているようだ、…そういえばローパーだと言ったか。…よく見ると足を呑み込んでいる口の端からピンク色の紐のように細い触手が幾つかはみ出し動いている。黒い筒の中にはあれが大量に詰まっているのだろうか?
しかし…
「足の感覚が無い事なら心配ないわ。今その中で強力な麻酔が分泌されてて触覚を鈍らせているの。空気に触れるとすぐに効果が抜けるからそこから脚を抜けば戻るよ。」
「何をしているんだ?」
「今に分かるわ。」
そしてずるりと触手が下へ引っ込み脚が抜ける。
その直後の男の行動は速かった。上半身を捻る力で体を回転させ、エクメアの上から離れると自由になった脚で床を
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