冷えきった夜風から逃げる様に、ドアの内側へと滑り込む。
晩秋の夜は冷える。しかし今日のそれは、身体だけでなく心まで冷やそうとしてくるような…そんな気がした。
もちろん気のせいである。
ただ今のやりようのない気持ちが、そう思わせるのだ。
「………。」
右手に下げた大きな紙袋を部屋の隅へと置き、礼服の上を脱ぐ。
今日は祝いの日であった。仲の良かった友人の、結婚式。
しかし今日の自分はそれを素直に祝うことが、果たして出来ていたのだろうか…。
いや、自信は無い。
なぜならその相手は、自分が好きだった女性だったから。
大学時代の同窓生、自分とも割と仲が良かった…と思う。おそらく悪い関係ではなかったし、やりようによってはもっと深い関係になれていたと今でも思う。
しかし、彼女と一緒になったのは友人の方だった。
もし、自分から思いを伝えることが出来ていたらと…何度思ったろうか。
彼女は魔物である。人魔の交流が始まって以後、この世界にやってきたサキュバスの一人。故に、友人の方を見染めてしまった後となっては既に手遅れなのだ。
いや、仮に彼女が人だったとしたら何か変わっただろうか。あの時、勇気を出せなかった自分が…。
募る後悔を燻ぶらせたまま、ついに迎えてしまったこの日。
これで諦めがつくのだと理性は言う。しかし、精神が納得してくれないのだ。
寂寥感の入り混じったため息が、冷え込んだ部屋に響く。
…………、
……。
……それはそれとして。
「まぁまぁ、元気出ましょうよ。」
「そうですよ、いいことありますって♪」
「誰ですかあなたたちは。」
部屋には何故か先客が居た。
地元から離れ、今の自分はアパートでの一人暮らし。同居人も勝手に入り浸るような知り合いも居ない。
部屋を間違えたということも無い。確かに自分の部屋だし、ちゃんと自分の鍵で扉を開けて入ってきたのだ。
「先ほどの式でお会いしたではありませんか♪あの教会に勤めておりますディアナですよー♪」
「ども。この子の守護天使してますウェンゼルです。」
そういえば会食の際、少し話したような…あの時は心ここにあらずな状態だったためよく覚えていない。
ディアナと名乗ったのは豊満な身体を黒い修道衣に包んだシスターである。露出は少ないものの、身体の起伏をはっきりと浮き立たせるその服装は目に毒だった。しかし艶やかな銀髪のその頭には外骨格のような突起が見える。一般にダークプリーストと呼ばれる魔物の一種であった。
となればその守護天使を自称する少女はダークエンジェル。こちらは背後の漆黒の翼が目立つため分かりやすい。
二人そろって炬燵に当たっていた。目の前にはお茶と蜜柑まで用意してある。
「あ、どうも。で、何のご用で…?」
「どうやらご傷心の様子でしたのでそこに付け込……いや、慰めて差し上げようかと♪」
「右に同じく。」
「今付け込みにって…」
「気のせいですよ。」
「………。」
「いや、結構なのでとりあえず今日のところは帰っていただいても…」
「いけません!一人にしたら失意のあまり自ら命を絶つ危険がありますから!」
「ありませんよそんな事っ!!」
好き放題言われている。
だいたい、こちらの事情が分かっているのだろうか。教会で会った時も、流石にそんな話はしなかったはずだ。
「ええ、今日の花嫁に片思いだったのでしょう?辛かったですね…私の胸で思う存分泣いていいですよ。さあっ!!」
「うぐっ、片思い…」
両腕を拡げ誘うディアナの言葉が的確に胸を抉ってくる。
「とりあえず炬燵にあたりましょう。ささ、こちらへ…」
立ち上がった堕天使の少女に腕を引かれ、二人の間に座らされてしまった。
自分の部屋なのにこちらが客のような扱いである。
「その恰好で寒くないですか?」
見ればウェンゼルと名乗る堕天使の服装はそのやや青白い身体の一部だけを隠す薄布のみ、素肌が9割晒されているような有様である。具体的には胸の膨らみの先端と股間だけを布が走っている。その他は素肌。
冬一歩手前のこの季節、炬燵は出しているもののストーブはまだ無く、そのきわどい水着のような恰好は流石に寒そうに見えた。
「おぉ、お優しい…好き。あ、大丈夫ですよ。天使の身体ですから環境変化には強いので。あ、でもしいて言えばあなたのワイシャツが欲しいです。出来れば洗濯前の。」
とりあえず洗濯済みのジャージを渡しておいた。
「…で、単刀直入に言います。もう結婚してしまったものは仕方がないので、この際私に乗り換えませんか?」
「そんな急に言われて割り切れるものでは…」
「でも私の方がおっぱい大きいですよ?」
「いやそういう問題ではなくて…」
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