ティータイム ラバー

 翌朝。
 通学途中に二駅のみ利用する電車の中、少年…黒川タクトは昨日の出来事を思い出していた。

 空から降ってきた少女、フシギノクニなる異界、魔法…どれ一つとっても現実感がなく、全て自分の夢か妄想だったのではないかと何度も思った。しかし、彼女に持たされた銀の懐中時計だけは確かに手の中にあり、そしてその恐るべき機能を知れば嫌でも信じざるを得ないのだ。
 
「……。」

 ポケットの中には昨日貰った例の時計がある。アリスからは肌身離さず持っているように言われたが、むしろどこかに置いておく方が恐ろしかった。

一駅目のドアが開き乗客が乗り込んでくる。たまたま目の前に来たのは見知らぬ女子学生。
 ふと思う。昨日彼女がやってみせたのを最後に、この時計を人間に試したことは無かった。

(今…試してみようか…)

 いざという時の為、ちゃんと使えるのかどうかを確認しておかなければならない。
 これまでにない緊張感とともに、ポケットの中の銀時計に手を伸ばす。指先のみでボタンの位置を確認し、押した。

 ガチリ…

 昨日も聞いた特徴的な音が鳴り響き、世界が停止する。

 直前まで絶えず移り変わっていた窓の景色は固定され、同時に聴きなれた車輪の音も消える。
 勿論目の前に立つ人物も…。

「……。」

 そっと手を伸ばす。
 最初は鞄、そして衣服…。反応は無い。ついには指先へと触れてみるが、やはり動き出す様子は無い。
 昨日アリスが使用した際、彼女と共に自分は動くことが出来た。故に、止まった時間の中で任意の人間を動かす機能があるのではないかと考えたが、どうやら時計に触れながら対象に触るというのは関係なかったらしい。
 ならば今現在、目の前の彼女の時間はその意識も含め完全に止まっているという事だ。つまり、この間何をしようとも気付かれる事は無い。

 ゴクリと喉が鳴る。

 昨日はとてもそんな気にはならなかったが、改めて考えるとこれはまさに『そういう事』に使うための能力に思えてきた。

 手に触れさせていた指先を恐る恐る下へ…スカートの上をなぞり臀部へと手を沈み込ませる。

(柔らか…)

 恐らく、初めて触れるであろう異性のそこ。男性の身体とは全く異なる感触に指が独りでに動いた。同じ人間の筈なのに、どうしてここまで肉体の質が異なるのか…掌で感じるその感触に心奪われながら、ぼんやりとそんなことを思った。


……。



 どれだけの間そうしていただろうか…知らぬ間に夢中になってしまっていたことに気づき、不意に我に返る。
 慌てて周囲を確認するが世界は静止したまま、今の自分を知覚する者は居ない。時間停止に制限時間があるのかは分からないが、あまり長時間止めたままにしておくのはやめたほうがいいだろう。
 席を立ち、少し離れた場所に移動する。

 そして時計に触れ、昨日とは反対側のボタンで圧縮開放―。

「ひうっ……!?」

 時が動き出した瞬間、彼女はビクンと身体を仰け反らせた。しかしその悲鳴は同時に再生された車内の雑音に溶ける。
 慌てて周囲を見回すも背後も含めて人の手の届く範囲には誰も居ない。
 不可解な現象に怪訝な表情を浮かべ、ドアが開くと同時に彼女はそそくさと電車から降りていった。



「よかった……」

 念のため別のドアからホームへと降り、深くため息をつく。心臓はいまだ早鐘を打ち鳴らしていた。
 運よく彼女の周囲に誰も居なかったから良かったものの、もし誰かが居たならその人物が犯人にされていたかもしれない。もっとよく周囲を確認してから使うべきだった。

 だが、これでこの時計の機能は証明できた。これで今日は上手くやれるかもしれない。

 学び舎へ向かう足取りが、いつもより軽くなった気がした。



………、


……、

…。








「ただいま…」

 玄関の扉を開け、とりあえず言う。

………。

 返事などあろう筈も無い。今この家には彼1人しか住んでいないのだから。
 ここでの生活が始まってもう半年以上になるが、なかなかこの癖は抜けなかった。
 元々の自宅からやや離れた場所にある進学校に進むことが決まり、それに合わせて1人暮らしを始めたのだ。
 ついでに言えばその少し前から両親の仲がやけに親密になり(…特に母親の方が顕著だった)、家に居づらくなったこともあって親に頼み込んだのだった。

 今思えばそのどちらもが失敗だったのかもしれない。

 中学生の頃、それなりに上位だった成績は今や見る影もない。同レベル以上の者が競争相手となったことによって、今まで自分がどれだけ背伸びをしてきたのか思い知らされた。
 そのこともまた、今の立場の遠因となっているのだろう。だがだからといってそれを相談できる友達も家族も居ない。
 自分一人で何
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