指圧師の罠

 金曜の夜――。
 それは一般労働者の多くにとって解放の福音であろう。
 帰宅一直線、趣味に没頭する者、職場の仲間達と夜の街へ飲みに繰り出す者、晩酌のつまみを買って上機嫌に帰る者、週末の予定を聞き合う若者ら…あるいは恋人との夜を過ごす者も居るだろうが、まぁ自分には関係の無い話だ。

 そして今週の自分はといえば…
 
 スマホの地図を頼りに目的地に着いた。


『マカーイクリニック〜全身揉みほぐし〜』


 以前から興味があったが何だかんだ忙しかったりなんだりで行く機会の無かった整体マッサージ。男性でまだ割と若い筈の自分がこういう所に来るのは若干の気恥ずかしさも伴うが……、デスクワークな上運動する習慣も無いため腰や肩の筋肉はカチカチに凝り固まって悲鳴を上げている。
 一応、ネット広告には『男性会員大歓迎!!』『男性割引サービスあり!』などと大々的に書かれてあったので店員に変な目で見られる事は無いだろう。更に店の位置は大通りからやや小道を外れた微妙に分かりづらい所にある。余程運が悪くなければ知り合いに出くわす事も無さそうだ。
 更に加えて、ここは最近急に増えてきた魔物が経営する店だそうだ。スタッフも全員が魔物との事だが、逆に気負いしなくていいかもしれない。
 …などと、たかが整体マッサージに何を神経質になっているのかと自分でも思うが仕方ない。そういう性分なのである。



 ――十数年前、異界から魔物と呼ばれる者達がこの世界へ侵入してきてから世界は結構変わった。交流初期の頃こそ色々と事件もあったようだが、今では自然に社会に溶け込み始めている。この期に及んで国は公式な見解を示しては居ないが、彼女らの存在を否定する者は最早市井には居ない。


「あのー今日予約をしていた者ですが…」

 正面扉を押し恐る恐る中に入る。入店を知らせるベルが鳴った。

「あ、いらっしゃいませー♪ご予約の○○様ですね?2番のお部屋へどうぞ。入って右手のカゴに施術衣が備えてありますので中で着替えてお待ちください。」

 受付の女性がにこやかにそう案内してくれる。彼女も魔物なのだろうが外見上種族は分からない。しかしながら凄まじい美人である。
 彼女に導かれるがまま、指定された個室に入った。


 備え付けの簡易な衣類に着替えて待つこと数十秒…
 
「お待たせしましたー♪本日担当させていただきますメリアでーす!宜しくお願いしますね♪」

 何やらやたらとテンションの高い女性スタッフが入ってきた。その勢いに少々圧倒される。
 女性としてはかなりの長身…男性の中では比較的小柄であるとはいえ、少なくとも自分よりは背が高そうだ。
 そして流石魔物というべきか彼女もやはり目を見張る様な美人であった。種族の特徴を表す翼や尾・角等は魔法で隠しているのか確認出来ないが、豊満な肢体をややサイズの小さな衣装に無理やり押し込めたようなその格好ははっきり言って目の毒である。大胆に開いた胸の谷間や腰のラインに思わず視線を吸い寄せられそうになり慌てて目を逸らす。

 ――そしてそんな自分の様子を見て彼女がにんまりと口元を歪めた。だがそのことに気付く余裕など、この時の自分には無かったのだ。

「ではではー、早速始めていきますのでこちらにうつ伏せになってください♪あ…60分のコースでご予約頂いておりますが、男性の方ですのでサービスで120分追加しますね♪」
「い!?」

 いきなり時間が3倍に増えた!?
 しかしマッサージは案外体力の要る重労働である。女性にそんな事をさせて大丈夫なのだろうか…

「そんなそんな!魔物の体力を舐めて貰っちゃあ困りますよ。男性相手なら一日中だって余裕ですとも!そうですとも!!」

 あ、男性限定なの…

「因みに私種族はサキュバスなんですけどー…何か苦手な種族とか特に好きな種族とかあります?」
「いえ、特には……」
 
 正直まだそこまで魔物に詳しくはなかった。ただサキュバスが最もポピュラーな種族だということは聞いている。

「やった!実はスタッフ内のルールでー…もしそういうのがあると他に希望を満たす子が居ればその子に担当譲らなきゃいけないんですよねー。…それじゃ、始めていきますね♪」

 そう言うと彼女は施術台の前に回り込み背中へと両腕を伸ばした。その大きな胸が目の前でゆさりと揺れた。

「まずは背中から…」

 背骨に沿って細い指先が触れる。次いで掌が押し付けられ心地よい重みを加えてきた。

「さぁ力を抜いて下さいねぇ…♪」

 そして柔らかく揉むように指を蠢かせてくる。

「おふ…」

 凝り固まった筋肉がほぐされてゆく…。心地よい脱力感と共に微弱な快感の電流が脊髄を通って全身に走る。
思わず吐息が漏れた。

「これはーだいぶ凝ってますねぇ…ふふ、気持ちよく
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