新たなる工房、そして試作第一号・・

「魔界へようこそ。来るのは初めてかしら?」

 とりあえずメルウィーナの誘いに乗り、彼女の作り出した転移陣で移動すること数刻、魔界にある魔王軍拠点の一つへと到着した。

 もちろん来るのは初めてである。

 頭上にのしかかる紫色の空も、周囲に繁茂する粘液を滴らせながら蠢く植物も…何もかもが生まれて初めて目にするものだ。というかただの人間がいきなり魔界に来て大丈夫なのだろうか…。

「心配する事は無いわ。貴方のように突然魔界に連れてこられる人間は他にも居るし、割とよくある事だわ。皆元気に暮らしてる。」

 なる程…そういう事なら……

「ただ空気中の魔力濃度が濃いから人によっては性欲が強まったり精力が増したり、あと魔術の素養が上昇したりすることはあるわね…。」

「……。」
「…!?」

 隣のエリスが無言でガッツポーズをしたがその意図は敢えて聞くまい。

「さて、早速貴方たちに来て貰った目的を説明したいのだけれど…」

 そう言って彼女は数枚の資料を手渡してきた。

「ネオ…ゴーレム計画…?」

 資料の表紙には大きな文字でそれだけが書いてある。

「そう、言わば新型ゴーレムの開発計画…或いは既存のゴーレムの改良計画と言い換えてもいいわ。」
「その二つは大分違うが大丈夫か!?」
「こ、細かい事はいいの!とにかく!今後の魔王軍における戦力向上の為、貴方たちに協力して欲しいのよ!!」

 ……。

 突っ込みたい所は色々とあるが、とりあえずやりたい事はわかった。

 が…

「人間を攻める兵器を人間に造らせると…?」
「だって貴方たち追われてたじゃない。敵の敵は味方って言うでしょ。それに不条理な制約にフラストレーションも溜まってたんでしょう?ここなら思う存分やりたい事が出来るわ。」
「……。」
「私は人間の発想や想像力を高く評価しているの。この手の事には新しい視点を取り入れる事が重要だわ。そして貴男の能力についてはそこのゴーレムを見る限り充分…。特に期限を定めるつもりも無いし、軽い気持ちでいいから試しにやってみない?その間の住む場所と身の安全は保障するから…あまり多くは出せないけど報酬も支払うわ。」

 そう言って彼女は条件の羅列された紙を手渡してきた。

 それを受け取りざっと目を通す。
 内容は簡潔に纏めてあり特に怪しい所はない。多くは無いと言っていた報酬は、それでもかつての研究所の時のそれと比べて遜色ないものだった。仕事を首になり職を探していたこの身にとっては渡りに舟、願ってもない好待遇である。
 しかも期限が無いとは…人間とは比較にならない程長命な魔物ならではの時間感覚だろうか。四半期毎の成果報告を求められていたかつての研究所では考えられない事だ。企画部から矢継ぎ早に飛んでくる無茶な要求とその癖無駄に高圧的で厳しい査定にうんざりしていた自分にとってはむしろこの事の方が魅力的に映った。
 あとは研究の目的、人間と敵対する事の是非についてだが…

「最後に確認したい。魔物が人を殺して食うという事は無いのだな?」
「勿論。魔物は人の『精を』食べるだけで殺す事は絶対にしないわ、…男は特にね。だから貴男の研究が人に不幸をもたらすような結果にはならないから安心なさい。徹底的に『平和利用』してアゲル♪」

 …そういう事であるなら将来良心の呵責に悩まされるといった事もなさそうだ。
 ……浅はかだろうか?いや、そもそも現在自分は無職なのだ。選択の余地など実は端から無い。


「…わかった。正直私を過大評価しているように思えるが…協力させて貰おう。」
「ありがとう!!そう言って貰えると信じてたわ!じゃあ早速私たちの研究所へ案内しましょう…」


………、

……。

 そして彼女に連れられ、魔界の街並みを歩いて移動する事更に数刻。
 メルウィーナの魔術によりおそらく一瞬で目的地まで転移する事も出来たのだろうが、彼女の勧めで研究所までは歩いて向かう事にした。何せ初めての魔界であるため、街の様子を見てみて欲しいとの事だった。

 …彼女なりに気を遣ってくれたのだろう。

 で、その魔界の街並みはといえば思っていたよりも普通だった。技術水準或いは経済力の差か、道路や建築物はこれまで見てきた人間の街よりはかなり綺麗に整備されている。その他の違いと言えばやや性的な雰囲気を漂わせる店がやたら多く目につく位だろうか。
 住民は当然魔物ばかりであったがごくまれに人間の男性を見掛ける事もある。しかし彼らも必ず一人以上の魔物と共に行動していた。

「一応忠告しておくけど街中を男性が一人で歩くのはやめておいた方がいいわ。理由は…まぁ言わなくても分かると思うけど。」
「ああ…。」

 好奇…あるいはそれ以上の感情を秘めた視線が次々と突き刺さるのを嫌でも感じていた。
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