魔界への招待

 薄暗い裏路地を一人の男が走っていた。
 まだかろうじて青年と呼べなくもない年にも見えるがその痩せ気味の体には体力などありそうも無い。しかし必死の形相で路地に積まれた木箱を飛び越え、日陰にたむろす少年達の脇を抜け、ただひたすらに駆けてゆく。
 そしてその傍らには併走する一体の従者の姿があった。

「マスター、前方から5名来ます。回り込まれました。」
「ちっ、ならば上だ!」
「御意。」

 前と後ろからの挟み撃ち、ならば上か下に逃げるしかない。男は従者にしがみつき、彼女はその内に組み込まれた『機構』を使い跳躍した。
 破裂音と共に石畳が砕け、二人目の姿が空へと吸い込まれてゆく。
 3階建ての宿屋の屋根を軽々と越え、眼下に住み慣れた街並みが広がった。その素晴らしき眺めも今は寂寞たることこの上ない。いずれ誰もがこの景色を見ることが出来るようになる筈だった…。そのような未来を夢見、そして確信して、これまでやってきたのだ。

 滞空はピークを過ぎ、降下が始まる。屋根瓦を砕きながら通りを2本程飛び越え、反対側の小道へと着地。ここまではまだ追っ手も来れていないようだ。

「さて…、ここからどうするか……というより何とか身を隠して国境まで辿り着くしか無いが…。まさか本当に亡命する事になるとは…」
「お供いたします。私は…マスターとであればどこまででも…」
「貴方達を待っていたわ。」


………。


「「…あんた誰?」」

 突然の第三者の声…振り返るとそこには、厚手の外套を纏った謎の仮面の女が立っていた。

……………………。




…この不審者の正体はさておき、事の起こりは半日程前に遡る。





「チクショーめぇ!!」

 帝都から大分離れた辺境の街…その中心街にとある男の慟哭が響いた。

「あんな文官上がりの検査官に何が解る!目に見える成果を出せだと!?そもそも成果とは何だ?魔導ゴーレムの量産に繋がる技術だぞ!?これが成果で無いなら成果とは一体何なのだッ!言えるものなら言ってみろ!!」
「まったくです!マスターを解雇するなど、あの者達の目は節穴です!私の妹達がこの街を跋扈する日を楽しみにしていたというのにッ!!」

 事情はご覧のとおりである。

 ここは帝国技術省所管の研究所前。この男はこの場所に勤める研究員だったが監査の結果、研究成果が認められずクビになり、つい先程強制退去させられたところだった。
 ちなみにその隣で主人と共に憤っているのは彼の作成したゴーレムである。名をエリス・マキナといい既に自我を持って久しい…、彼の助手にして相棒だ。
 彼はゴーレムを専門とする魔導技師であった。

「ゴーレムの大量生産が成れば帝国の生産性は飛躍的に向上すると言うのに…何が不満なのだ!?」
「聞いた話では労働者組合の幹部が不安を漏らしていたそうですが。ゴーレムに職を奪われるとかなんとか…」
「そんなものは一人当たりの所有台数に制限を設ければ済む話だ。むしろ肉体労働者には助けになる筈だろうに。だいたいゴーレムは燃料に人間の精を要求するのだ、強欲な工場経営者が大量に所有などしようものならあっという間に干物になるのがオチだろう!」
「流石に主人を搾り殺すようなマネはしないとは思いますがまぁ家から出られなくはなるでしょうね。……ならば教会の圧力でしょうかね?魔に通ずる技術だと称して度々非難と妨害と脅しを加えてきましたし。ここは名目上中立とはいえ教会の勢力も大分入り込んでいますから…。上も教会に目を付けられたくはないでしょうし。」
「ありそうな話ではあるが…、そんな事だから魔界の軍勢には敗北を重ね、親魔領国家群には技術水準で遅れを取るのだ。」
「まったくその通りです。」


……。

「…帰ろうか。」
「はい♪」

 日頃からの不満を少しばかりぶちまけ、やや気持ちが落ち着いた。まぁいつまでもここに居ても仕方がない。とりあえず自宅に帰る事にする。



「…さて、これからどうしようか。」

 研究所から徒歩でしばらく、中心街の外れにある自宅へと着いた。ドアに鍵をかけ、ポツリとつぶやく。
 この家は借り家である。中心街から離れているため家賃は低めだが今後の収入によっては引越を考えなくてはならない。若干広めのスペースを生かして個人的な簡易工房も設置してあるのでなるべくなら移動したくはなかったが…

「マスター…」

 今後のことについて思案を巡らせていると後ろに控えていたエリスに服を引っ張られた。

「どうした?」
「お腹が空きました。」
「………。」

 そういえば今日はまだ補給をしていなかった。彼女らの燃料である精の補給は所有者の責務である。
 常に携帯するようにしているポーチから小型の注射器を取り出し、腕に当てた。

「あのー…血じゃなくて…直接精液
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