とある男の企みとその顛末

 ある日の午前中、食堂にて自分は一人で遅めの朝食をとっていた。
 『あの日』以来、やや一人の時間が増えた気がする。勿論毎日の搾精は変わらず執行されるのだが、これまでのようにどこへ行くにもルリエかシルエラが同伴するといったような事は少なくなった。
 ある程度信用されているという事だろうか…。この間の件は結局失敗だったわけだが、これもその成果であるというなら無駄ではなかったのかも知れない。代償は高く付いたがなんにせよ、自由に出来る時間が増えた事は嬉しい。

「…隣いいかね?」

 見れば一人の男が隣に立っていた。外見上は元の自分より若干年上といったところだろうか。しかし此処での見た目の年齢があてにならないことは既に自分の経験が証明している。

「勿論、どうぞ。」
「ありがとう。」

 特に断る理由も無い。彼のことは最近この食堂で良く見る機会があった。積極的に一人で食事をとっている捕虜に話しかけているようだ。自分もこの施設に来てから他の男性と話すのは久しぶりである。むしろ純粋に興味があった。



「…私が協会に居た頃は、こんな時間に目を覚まして朝食を摂るなど考えもしなかったものだがね。」
「教団の方でしたか…。」

 この施設に入れられるのは魔物によって戦犯と断じられた者達だ。当然教団関係者は多いだろう。口ぶりからするとかなり高位の聖職者だろうか。

「いかにも。君は…見たところ兵士だね。将官ではない、何か…特別な戦果を挙げた一般兵といったところか。そして運悪く魔物共の目に止まってしまった。」
「正解です。そこまで判るんですね。」
「まぁここに来る者は限られている。…その様子だとだいぶ酷い目にあっているようだね。」
「はは…。」

 比較対象が無いので何も言えないが、やはり搾られている方らしい。

「…それにしても酷い場所だ。話には聞いていたが…。」
「貴男方にとっては特に屈辱でしょうね。」
「…冒涜だ。人類に対してのな。ここでの我々は奴らにとっての家畜、この食事も家畜に餌をやっているに過ぎん。であるというのに、ここの人間共ときたら不様に飼い慣らされおって…。」

 彼の言葉に感情がこもり始める。
 それは確かに一つの事実だ。この場所にそういった側面は確実にあるだろう。
 しかし家畜の生活の方がマシだと思わせる人間社会の暮らしはどうなのか…とも、ここでしばらく生活して思うようになった。捕虜の中にはここでの生活を受け入れ、魔物とむしろ仲良さそうにしている者も見たことがある。
 …恐らくこの辺りに、魔物の実態が秘匿されてきた理由の一因があるのかもしれない。

「……。」

 気付くと目の前の彼がじっと此方を見つめていた。まるで値踏みするかのように…。そして何かを決心し、口を開いた。

「此処から脱出する気はあるか?」
「…は?」

 今さらそんな言葉を聞くとは思わなかった。そんなことは此処に来た初日に半分以上諦めたのだ。正直どれだけの規模があるのか想像もつかない地下迷宮、配備されている魔物も相当の実力者であり、さらに収容されている人間には全員に追跡用の虫が寄生している。脱走など企てようものなら一時間も経たずに捕まりまとめて懲罰房に叩き込まれるのがオチだ。

「…実は此処に捕虜を装った勇者を潜り込ませてある。」
「…!?」
「彼女を暴れさせ、その隙に集団で一斉に脱出する手筈だ。追跡虫は気になるが追って来られない所まで逃げてしまえば問題ない。安全な場所まで移動してからじっくり取り除けばいいだろう。」

 まぁ言われてみればその通りだ。…本当にそう上手く逃げられるのならば…だが。そして何よりの問題は…

「勿論、協力してくれるなら君の身柄は教団が保護しよう。その身体で出来る仕事も斡旋するし、生活するには困らない筈だ。」

 そう、運良く逃げられたところで人間の世界で野垂れ死んでは意味が無いのだ。だがこの男はそこも保障してくれるという。
 さてどうしたものか…。

 一瞬、ルリエとシルエラの顔が浮かんだ。もし自分がこの男と共に逃げ去ったら彼女らは怒るだろうか、悲しむだろうか…、或いは特に感傷も持たず別の男を捕まえに行くのだろうか…。




「…ありがたいお話ですが、私はご一緒出来ません。」

 断った。

 色々と考えたがやはり今日話したばかりのこの男を信用してホイホイついて行くべきではない。彼の作戦の実現性には疑問符がつくし、そもそも魔物の秘密を知った自分を教団がどうするか分からない。彼の出した条件を信じるとしても良くて一生飼い殺し、悪ければ脱走に協力だけさせて処刑もあり得る。
 彼はしばらく黙り、やがて口を開いた。

「…残念だ。君も既に堕落していたか…。まぁ此処の生活が気に入ったというのならそれもいいだろう。せめて我々の企みが成功する
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