「困りますねェ」
その声に振り返るとそこには三人の男が立っていた。一人は高級そうな服に身を包んだがっしりとした体格の男。年の頃は20〜30といったところか。世間の荒波に揉まれながらも強かに生き抜いてきた事を思わせる精悍な顔つきの男…青年を罠に嵌めた『あの』男である。残り二人は薄着でいかにも荒事に馴れていそうな風貌。大方前述の男の手下か護衛といったところだろう。
リーダー格の男は二人を値踏みするような目で続ける。
「その男の命は既に我々のモノなのでね…、ソレにはもう自ら死を選ぶ自由すら無いのですよ。こちらに渡して戴けまs」「お断りします!」
「…。」
即答。
「あなたにこの方を幸せに出来るとは思えません!!」
「…、はぃ?」
男の目が点になった。
が、すぐに頭を切り替え意思の疎通が成り立たないと判断すると強行手段に打って出ようとする。
「ならば貴女にも一緒に来ていただく事になります。見たところどこかの教会に勤められているようですがその服…主神教のものではありませんね。邪教の信徒として教会に引き渡せばいくらかの金になるでしょう。」(これで大人しく引き下がるならばよし、抵抗するなら連れてゆくまで。最悪ここで殺〈バラ〉しても問題ないでしょうしね…)
男の言葉を受けて二人の手下が身構え、僅かな殺気が放たれた。
が、そんなものは全て無視して彼女は立ち上がりそして言う。
「敵の拠点の内部にわざわざ私を招き入れてくれるというその提案は非常に魅力的なのですが…」突然彼女は両手を十字に広げ天を仰ぎ見る。その状態で一拍措くとカクンと顔を男達の方に向け、驚く程澄んだ、しかし感情の読み取れない瞳で彼等を見つめ言い放った。
「…神は言っています。先ずは目の前の哀れな人間を救うのだと。」
瞬間、空気が変わる。
「他者の人生を喰らって今日を繋ぐ哀しき業から、アナタ方を救って差し上げましょう。」
『神』に仕える者特有の、微かに狂気すら感じるその雰囲気、それも今まで感じたことの無いほど「濃い」それに、内心戦慄しつつも男は気丈に答える。
「そんな甘言に惑わされる程生ぬるい世界を生きてはいないのですよ、そこに転がってる馬鹿と違ってね。私を救うというのならば、大人しくここで殺されてください、それが私の命を明日へと繋ぐ!!」
男の言葉から余裕が無くなってゆく。そもそも彼の置かれた状況を鑑みれば、彼も最初から必死だったのだ。実際、既に運命を受け入れている青年よりも心理的には追い詰められていた。何故なら目の前の青年がここで死んだとして最も困るのは彼なのだから。
――彼らが人を騙して罪を被せ、それによって没収された罪人の財産はそのまま街の財源となる。その関係により、彼らはこの非道なやり方を黙認されてきた。しかし彼らの商売はあくまで人身売買なのだ。売り物となる人材が消えてしまえば彼らの儲けはゼロ、そしてその責は標的を担当した者…この場合はこの追手の男に及ぶ。その身を以て贖わなければならなくなるだろう。獲物の青年に妻子でもいればまだやりようはあったかも知れないが生憎独り身、失敗は許されなかった。
…その点で青年の選択は、復讐の手段という観点でのみ論じるならば、まさに的を得ていたと言える。
「どうした!!やはり貴女も口先だけの偽善者かッ!?」…社会に出てから、男は聖職者を信じられなくなっていた。何故なら主神の教会は彼らの上客だったのだから…
「…救って差し上げます。可哀想な人間。」
邪教の修道女が憐れみの表情で告げる。
その瞬間、男は彼女の背後で漆黒の翼が広がると同時に、彼女の首に腕を回すようにして後ろから抱き着いている、青い肌の少女を見た気がした。
…気がした…というのは次の瞬間には女の姿は彼の視界から消えていたから…
「…この世界からね」
その声は背後から聞こえた。そして背中に柔らかな感触が押し付けられたところで、男は今の今まで目の前にいた筈の女に後ろから抱きすくめられていることに気付いた。
「天使憑き…」
男の頬を冷や汗が伝う。
「゙彼女"が視えたんですか?いい目をしていますね。」一瞬で男の背後をとり彼を拘束した修道女はそう耳許で囁くとその滴をペロリと舐め取る。その刺激に男は背筋を震わせるも同時に不思議な、甘い痺れのような感覚が全身に拡がってゆくのを感じた。その感覚は彼を抱きすくめる手が体をゆっくりと這って往く毎に強くなり、そして
「あ… 」
その手が彼の脚の付け根から股の間を撫で上げたところで男の全身の筋肉は弛緩し、彼はその場に崩れ落ちた。微笑みながらそれを見下ろす彼女の目には慈愛と妖艶が入り交じっていた。
「神の庭へようこそ」
脱力して座り込む男の頭上に右手をかざし告げる、そして腕を一振りすると
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