…オレンジ色の太陽が照らす中央通りに、帰宅途中の人や魔物の姿がちらほらと増え始めた…。
―夕方5時、今日の仕事を終えた人々がぼちぼちと帰路に着か始める時間である。昼間の街は眠りに就き、これからは夜の街が始まるのだ。役場や工場、雑貨屋等の扉は次々と閉まり、代わりに酒場やレストランに明かりが灯り辺りに料理の香ばしい香りが仄かに漂い始める。
…自分も、この街においては「昼」の人間だ。今日は昨年から勤め始めた役場での仕事がいつもより早めに終わり、まだ明るいうちに家路につく事が出来た。…しかも明日からは連休、こんなに嬉しい事はない。
…今日は何処かで一杯やってから帰ろうか…そんな気分だった。
…のだが、ふと漂ってきた甘い薫りに足が止まる。ただの甘さではない、嗅いだ者の足を不思議と引き寄せる力を持った、どこか魔性のそれだ。足が勝手に動いてゆく…大通りから左へ、建物に挟まれた細く薄暗い道を通り裏通りへと…、複雑に入り組んだ薄暗く細い道を歩いて行く…。そしてたどり着いた先には…
「……、喫茶店?」
暗い裏通りには不釣り合いな小洒落た喫茶店がそこにはあった。看板にはリシュエール…とある。
「………。」
…たまにはこういうのもいいかもしれない…。珈琲でも飲みながらまったりと夕方を過ごす、実に魅力的だ。この辺りに漂っている薫りから味の方も期待できるだろう…。
扉の脇に出ている立て看板にはチョークの白い文字で今日のオススメはカフェラテと書いてある。
…しかも安い。
元々飲む予定だった酒と比べてどころではなく、自分の知っている喫茶店のメニューの相場と比べてもかなり安い値段である。
それが決め手となった。
「よし、ここにしよう。」
そう心を決め店の扉を開けた。チリンと扉に取り付けられたベルが小気味いい音を立てる。
「あ、いらっしゃいませー!!」
迎えたのは元気の良い女性の声、やや遅れて店の奥からぱたぱたと駆けてくる足音が聞こえてくる。
「いらっしゃいませ♪お一人様ですか?」
「な…」
姿を見せたのは声から想像していたよりはかなり長身の娘であった。しかも美人である。が、…それだけならば自分もあんな声は出さない。
問題は…白地に黒のメッシュの入った髪に覆われている彼女の頭には白く小さな2本の角が生え、腰からは先端に毛束の付いた牛の尾が伸びている点だった。…更にその両足の先は蹄である。
(魔物の店だったのか…。)
「…?どうかなさいました?」
「…い、いや何でもないんだ!!」
…この街が魔物を受け入れ始めてからもう数年が経つが、自分は正直まだ彼女ら人外の者との関わりに慣れてはいない。彼女らが教会の人間が宣うような悪意に満ちた怪物ではないことは知っているし、魔物を受け入れた結果、この街が以前より遥かに住みやすく発展してきている事も疑いようの無い事実である。しかし…単なる思い過ごしかも知れないのだが…彼女達の自分を見る視線にはまるで獲物を見つけて、隙あらば飛び掛かろうとする肉食獣のような…そんな光が含まれているように感じ、それがやたらと自分の中にある根源的な恐怖を刺激するのである……。
……要するになんだか怖いのだった。
勿論仕事柄彼女らと会う機会は多い、しかしそれはあくまで仕事の上での関係に過ぎず、プライベートでは無意識にか或いは意識的にか、なるべく交流を避けてきた節があった。
だが…
確かに、最近は魔物が経営する店も増えてきていると聞く。そろそろ苦手意識を克服すべきという神のお達しなのかもしれない。幸いここは単なる普通の喫茶店のようだし…馴れるには好都合だろう。そこまで考えて改めて自分を席へ案内しようとする少女を見た。
白と黒の体毛に牛の角としっぽ、そして…その…巨大な胸。頭の大きさなど優に超え、それぞれが西瓜程もある。しかも制服…何故か白地に黒のメイド服だった…は胸元がざっくりと切り取られたデザインで…正直目のやり場に困る。
ホルスタウロス。…魔物の中でも比較的温厚とされる種族の代表格である。人間に対しては極めて友好的で街中でもよく目にする事のできる魔物だ。その溌剌とした表情には人の良さがにじみ出ており例の獲物を狩るようなギラギラとした目はしていない。ミノタウルス種の特性により赤い色を見せると大変な事になると聞くが…大丈夫、今は赤い服は着ていない。
「では、こちらへどうぞ♪」
彼女に手を引かれ奥の方の席へと案内された。店の外見から想像されるより内部は奥に広く作られており、内装も綺麗に整っているが他の客の姿が見えない。…まあ、なんだ…こう言ってはなんだが正直立地が悪い、と思う。
この辺りは旧市街、この街が親魔派に鞍替えする前の状態のまま手付かずになっている地域である。が、近いうちにこの辺にも整備の
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