序編


…シュパーン!
とある港街の臨海公園に設けられた波止場、そのすぐ近くの水面に突然水飛沫が上がった。

……ビタンッ!
一拍置いて波止場の先端付近に何かが落ちてきた。
桃色の髪に特徴的な帽子、更に桃色の鱗を纏った魚の下半身、一瞬全裸かと疑う程露出の多い上半身…

メロウである。

 時刻はちょうど正午を回った頃、今日もこの波止場にて彼女は彼を待つ。天気は快晴、頭上には雲一つ無く、風は凪いでいる。「彼」にとってはまぁまぁの日和だろう。自然界には見ない真っ白ですべすべとした綺麗な石で出来た波止場の地面は日光の照り返しで眩しく輝き、そのせいで若干目が痛いのが難点かもしれないが…まぁ雨宿りと日除け用の、これもまた同じ白い石で出来た吹き抜けの小屋のようなものが体よく設置されているので問題ないだろう…ご丁寧に椅子まであるのだ。

 相変わらずこの街の役人はいい仕事をする…と彼女は思った。海を渡って様々な街の港を見てきたがこの街のそれがもっとも美しいと思う。…それもあって元々は回遊魚だった彼女もこの街のすぐ近くに海の魔物による海底都市が出来た途端に、つい住み着いてしまったのだ。

しかし、彼女が定住を決めた一番の理由は別にあった。それは…

…この街で愛すべき人を見つけてしまったから……

(ほら、今日もあの人がやってくる…)

「…あ、こんにちは。今日もいらしてたんですね。」
現れたのはまだ年端も行かない少年であった。細身の華奢な身体に一見少女と見紛うような可愛らしい顔をしている。

「こんにちは!はい、今日も来ちゃいました!!」

そう言って勢いよく片手を挙げて彼女は挨拶した。…ついでにさりげなくユサりと胸を揺らすのも忘れない。

(…おぉ、彼の視線が私の胸元に引き寄せられ……
…あ、目逸らした。…もっと穴の空くほど凝視してくれていいのに…。)

いつも敢えて露出の高い格好で来ているのだが、恥ずかしがってすぐに明後日の方向へ視線を逃がしてしまい中々正視してくれないのだ。…ひょっとして逆効果なのだろうか…

(でもそんな初心なところもまた可愛くて素敵で……はぅ……)

…などと彼女がやっている間に彼は石の屋根が作る日陰へ移動し、荷物を拡げ始める。
 現れたのはイーゼルと筆、そして絵の具……彼は絵を描くのが趣味だった。特にこの場所からの海を眺めた絵を好んで描いているため、丁度よい位置にあるこの休憩所は彼のお気に入りのスポットとなっている。
…特に彼女は芸術に明るいという訳ではないのだが、彼もこの場所とここから見える風景が好きだということだけで何か親近感を感じていた。用事の無い日は毎日ここに来る事にしているのか、週に3〜4回程の頻度で現れる彼を密かに観察し始めたのは1ヶ月程前、そしてついにこちらから話し掛けて知り合いになってから今日で3日目になる。


…そろそろ我慢も限界に近付いていた。

彼女はいつも彼の横に腰かけつつ、ここから西の海岸線を眺めて筆を操る彼を見ている。辺りが暗くなって彼が帰路に就くまでずっと…

(あぁ…早く押し倒してしまいたい……)

近くで見れば見るほど美味しそうに映る彼の…まだ幼さの残るその横顔に、心の中でふつふつと情欲の焔が沸き起こる。ちょっとでも気を抜けばすぐさま襲い掛かってしまいそうなその衝動を彼女は鋼の精神力で押さえつけていた。

…事を急いて下手を打てば全てを失ってしまう。一か八かの賭けに出るのはまだ…早いのだ。

だがしかし…!

いつまで待てばいいのか…。
たった3日で彼女の精神は我慢の限界に達し、さらに1ヶ月かけて観察し続けた彼の行動パターンによると恐らく、明日彼は来ない。

――10年程前は反魔領に属していたそうだが今は親魔都市でありそこそこに発展してきたこの町では、余暇に使える自由な時間が多く持てる様になっている。しかし全く人の仕事が無くなるという事でもないので、時には働きに行かなければならない日もある。
そして彼女の集めたデータによると彼のそれは明日…つまり明日一日彼女は彼に会えないのだ…

……、

(……どうしよう…もしその一日で他の娘に取られちゃったりしたら……職場にだって魔物は居るはずだしっ……うぅ、独身の娘なら絶対放っとかないわ…だってこんなに可愛いんだもの……ならばいっそ…)



……話は変わるがこの街には親魔都市ならではの法がある。
曰く…
人間の男性は魔物から精を要求された場合、一日の一回目は必ずそれに応えなければならない…のだ。つまりその日の初回に限っては、たとえ魔物に(性的に)襲われても抵抗してはならないのである。

……なぜこんな法が出来たのか、それはこの街の成り立ちとその地理的な要因による。
…元来魔物の中には男性の精を主食とする種族も多く、またそうでない者達も精を摂取
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