真夜中のメリーゴーランド

ーー見ィつけた。



チャララン♪ チャララン♪

真夜中の遊園地で、メリーゴーランドが回っています。他の遊具はみんな電気を落としているというのに。それだけが、ポツネン、と浮いたように回転していました。
メリーゴーランドの子馬の一頭に、男が跨っています。
ーー俺は子供では無いのに……、どうしてこんな物に乗っているのだ。
男は訳がわからないといった顔をして、キョロキョロと回りに目をやりました。
しかし、メリーゴーランドの傘の外は真っ暗で、一つとして……灯りは見えません。回り続けるメリーゴーランドから飛び降りることは出来ず、男はされるがままに……白くツルツルとした子馬の首筋を見ながら、ーー上下に揺られていました。

チャララン♪ チャララン♪

同じ節を繰り返し。繰り返し、単調な音楽が流れています。
耳障りなまでに愉快なリズムでも、変化がなければ、ただ神経を逆撫でるものでしかありません。メリーゴーランドが一周しても、やっぱり……男は自分の他に、誰も見ませんでした。
メリーゴーランドの電飾が、コウコウと、メリーゴーランドの円傘の内側を照らしているというのに……、その光は少しも外の闇の中には届かないでいました。

チャララン♪ チャララン♪

こうもメリーゴーランドの外の様子が分からないと、ずっと同じ場所にいるような気がする。いくら回っているとはいえ、子馬同士の距離も変わらず、ずっと同じ光景が続いていると、自分一人だけが世界から浮いている心持ちになってくる。
元来、男は、他の人を省みないほどに気丈なたちでしたが、回り続けるメリーゴーランドの子馬に跨ったままで、……足元から這い上ってくるような不安を感じました。
機械的に単調に繰り返す音楽が……、男を、この時間が何時迄も続くような気持ちにさせて……、ジリジリと、這い上がって来た不安に、背筋を逆なでられるようなーー。

チャーラッラ♪ チャーラッラ♪

突然曲調が変わったことに、男はビクリと身を竦ませました。と同時に、少しだけ安堵もしました。良かった。ずっと、メリーゴーランドで回されているだけじゃない。
男は、子馬にしがみついていた自分の手が、いつの間にか、じっとりと汗ばんでいたことに、気がつきました。このまま、焦らされるように乗り続けていたら、いつか汗でしがみついている手を離してしまうかもしれない。そんな、自分の内から感じる不安で、……背中に感じる冷たさを誤魔化そうとしました。
それでも、嫌な気分は拭えず、
「何なんだ。これは……」
男は呻くような声を出しました。
このメリーゴーランドが何なのかも分からないが……。
それよりも、そもそも何故自分がメリーゴーランドに乗っているのかがわからないーー。

ーー分かりませんか?

静かな。地を這ってくるような女の声が、男の耳に届きました。
「だっ、誰だ!」
心臓が裏返りそうになる思いを必死で堪えて、男は怒鳴ります。怒鳴って、女を威圧することで
自分を保とうと、必死でした。

タッターン♪

音楽が、男を小馬鹿にするように応えます。しかし、女の声は帰って来ません。
嫌でも目に入ってくるメリーゴーランドの外の闇が……、物を言わない圧迫感で迫ってきているようで……。たまらなくなった男は、ワザとーー苛立たしい口調で、再び怒鳴りつけます。
「お前は誰だ!」
女の声は答えず、代わりに、ーーバツン。
と、全ての電飾が消えました。
男は思わず声を上げましたが、

チャーラッラ♪ チャーラッラ♪

一際大きくなった音楽に、彼の声は押しつぶされました。

男の二つ後ろの子馬の背に、ポゥッ、と。ーー仄暗い炎が、一つ、上がります。
後ろから、届いてくる薄い光に向かって、恐る恐る男は振り向きました。
男に見られた炎は、嬉しげに、ゆらぁ……、ゆらぁ……、と風も吹かないのに……揺れました。

チャララン♪ チャララン♪

いつの間にか、曲調はまた最初の単調なものに戻っています。でも、男の耳には、もう、最初のようには聞こえませんでした。それどころか、曲調の変化にすら気がついていないかもしれません。

チャララン♪ チャララン♪

喘ぐように呼吸で……、男はーーよせばいいのにーー、炎に向かって目を凝らしました。
それは、……女、だと男は思いました。
仄暗く揺らいでいる炎を、どうしてだか……、男はそう思いました。
炎が揺らぐと、見覚えのある彼女の髪が風に吹かれた、……ように男には見えました。
「違う。あれは、ただの炎だ……」
ただの炎でも異常なことには変わりはありません。でも……、男にとっては、ただの炎が異常に燃えていてくれた方が、よっぽどーー有り難いものでした。

チャララン♪ チャララン♪

炎が掠れるように消えて、真っ暗なーー、闇が、……戻って来ました。
闇の中、単調な音
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