ドラゴンさんは罵倒できない

「罵倒ってのはね」

「容赦がなくて、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。聴く人によっては不快で、効く人によっては愉快でなくてはならない。その土台に照れ隠しがあったり、愛情の裏返しだったりするのならばなお良い。尻の穴から背骨を通って、言いようのない震えが駆け上がってくるようなものでなくてはならない。だからーー、決して、ホッコリしてしまうだけのものではあってはならないんだ」
「お前は何を言っているんだ……」
突然、奇妙な熱を持って、妙な事を語り出した相方(おとこ)に向かって、ドラゴンはゲンナリした顔を見せた。
凛々しい彼女の顔はそんな表情であっても、惚れ惚れするほどに、凛として凛々しい。
「至って、至極真面目な話さ。至って極まって、真剣(マジ)、と書いてしまうほどにはマジ目な話。……君の話だ」
「はぁ?」
てっきり、男が自分の性癖を赤裸々に語っているだけだと思っていた、ーーー男がそのような趣味を持っているのであれば、罵ってやるのもやぶさかではない、私の爪よりも鋭く、身を切るような罵詈雑言のブレスを吐き出してやれるーーー、とまで思っていた彼女は、素っ頓狂な声をあげた。
「別に俺にそんな趣味があるわけではない、というよりは、あったと言った方が正しいかな。……君に出会って変えられてしまったんだ。それについては礼を言ってしまっても良いくらいだ」
「どう、……いたしまして?」
「いいや、許さない」
「どっちなんだよ!?」
「俺が何を言いたいかというと……」

ーー君って、罵倒できないよね。

男はさも残念そうに言った。
ドラゴンは一瞬、ポカンとしたが、その言葉を理解すると、強く意気込む。
「何言ってるんだ! この私が! 王者たるドラゴンである私が! 下の奴らを罵れないわけがないだろう! よーし、罵ってやろうじゃないか!」
「待った」
「うん? どうしたんだ? 自分でけしかけておいて今更怖くなったのではないだろうな。今ならば、ごめんなさい、と言えば、許してやらないでもない」
「いいや、そういうわけじゃあない。君に、本気を出させてあげようーー、と思ってね」
訝しげな表情を浮かべた彼女は、男の次の言葉で顔を真っ赤にしてしまう。
「食べたんだ」
「?」
「だから、君が楽しみにしていたトリコのフルーツのケーキを」
俺が食べたんだ。男は唇を舐めながら言う。美味しかった。それから事細かな感想まで。
「貴様の血は何色だァァァ!」
今にも掴みかかろうと、今にも血涙を流さんばかりの勢いで、ドラゴンが怒鳴り声を上げる。
「さぁ、罵って見せろ、君の全身と全霊をかけて。その頭に詰まっている埃のすべてをかければ、俺を沈められるかもしれないぞ」
すでにからかわれていることに気づきもせず、ドラゴンは男の言葉に受けてたつ。
爪の代わりに、身を切るような。炎ではない、罵詈と雑言のヤイバのブレスを吐き出そうとする。


「ばーか」

「………………」
「ばーか、ばーか。私のケーキを食べちゃうだなんて、ばーか。ヒドイ奴め」
俯いて肩を震わせている男を見て、ドラゴンは胸の痛みを感じつつも続ける。
私はヒドイ事を言っている。しかし、私の楽しみにしていたケーキを食べてしまうだなんて、こいつの方がヒドイ。ここは心を鬼にして、それこそ、心をドラゴンにして言いくるめなくてはいけない。
「そんなことでしか私を怒らせられないだなんて、ばーかな頭だ。ばーか、バーカ」
カタカナになったことに、少しだけ男は感心したが、俯いたまま、顔を上げることはしない。
ドラゴンはそんな男を畳み掛ける。
「ほら、あれだ。お前は味オンチだ。だから、ケーキもお前ではなく、私に食べられたかったはずだ」
「何でそう思う?」
「だって、お前。前に私が作ったスープを美味いと言って食べてくれたけど……。後で私が食べたら、塩と砂糖を間違えてて、食べられたものじゃなかったぞ」
「あれは確かに不味かったが、君が作ってくれたから、美味しかったんだよ」
「……………ありがとう」(照れ)
「お前に礼を言われる筋合いはない。むしろ謝ってもらいたいくらいだな!」
「ごっ、ごめんなさい!? じゃなくてっ! ………味オンチー、じゃなくて、スケコマシー、でもないか。えーっと、えーっと……」(必死)
コロコロと表情を変えつつ、考え込むドラゴンを見て、男はホッコリとした表情を浮かべる。
「なっ、何だその表情は! うぅぅぅ……。今に見ていろ……」

唸りつつ、頭を抱えて考えるドラゴン。男は彼女をますます温かい表情で見守る。
と、彼女は思いついた顔。
「よし! これを言えば、お前はやめてくれ、と私に泣きついてくるはずだ」
「いいぞ。受けて立とう」
やれやれ、これ以上、やられてしまえば、表情筋が緩みすぎて、やめてくれとも言えなくなってしまうではないか。男は
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