40.終息、これから

牙が打たれた後、事態は収束に向かった。
部隊『キリエ』が動いていたこともその要因である。彼らは到着してから、次々とヒルドールヴを狩っていったのだ。
”子供の街”の効果であっても、勇者砲の爪痕は元どおりにはならなかった。ドルチャイの魔術式を引き裂くほどの異常な威力である。
生き延びたヒルドールヴの残党は、残らず王魔界の更生施設に送られることになった。彼らの処遇は、王魔界に委ねられている。
一部の魔物娘たちは掛け替えのない伴侶を得た。しかし、復活したとはいえ、元とは違う種族に、性別になってしまった者たちもいる。
メイは夫を屋敷に連れて帰って、彼の介抱をしている。
怨念に侵された彼の治療をメイはこれから懸命に行なっていくことになる。
ヘレンは今回使用した魔法の周知、街の事後処理に走っている。
マステマスが行なった所業は王魔界に伝えられた。
魔物の過激派がすぐに、マステマスへの強襲を提案した。だが、王魔界の情報網を以ってしても、彼の位置はすでに分からず。
いっそ、教団勢力自体を落とすことも提案されたが、全面戦争を意味するそれが推し進められることはなかった。

結局のところ、今回の戦闘で得られたものなど何もない。ただ失い、ただ失わされただけ。
したことといえば、それぞれの立場を再認識したことくらいであった。
無意味なただの無意味な闘争……。

これからも、これまで通り。
魔物娘勢力は、魔界を増やし、数を増やし、この世界を淫らな魔力で満たす。そうして、淫らに愛と性欲を求める世界を望む。
主神は、魔物をかつての形に戻し、人間と魔物が食い合う、神が管理のしやすい世界を取り戻そうとする。
教団勢力は、変わらず魔物は敵だと教える。汝の敵を殺せ、と。欺瞞と欲望の翼は、純真と希望を食んで今日も飛翔する。

それぞれが良しすることのために足掻く。
誰が、この均衡を崩すのかーーー。




「残念でしたわね。マステマスさん?」
マステマスに向かって、ロリーダそっくりの少女が語りかける。
マステマスは彼女に対して、ピクリとも表情を変えずに返す。
「何が、残念なのだ? トリック☆スター」
「だって、残念でしょう。せっかく勇者砲を実用化して、ヒルドールヴの一個分隊まで導入した。それなのに、ドルチャイもメイも落とせなかったのですから」
彼女の言葉に、マステマスは変わらない調子で返す。
「どうという事もない。まだ私はここにいる。ここにいて、次の策を練ることができる。狼煙を失ったことは、もったいないと思わなくもない。だが、牙の一本を折られたところで、もう一度作り出せば良い。何も変わらんよ。これまでも、これからも」
「ああ、つまらない男。あなたはとってもつまらない男よ。だけど、あなたの足掻きはとっても滑稽で、私は好き。次は何をするのかしら?」
「ふむ、お前を縊り殺しでもしようか?」
「あっははは、何? 面白い冗談じゃない。あなたでも、ドルチャイの領主の姿を取られるのは我慢がならないというの? それとも、娘の姿だからかしら?」
トリック☆スターの嘲笑に、マステマスは沈黙で返す。
「クスクス。じゃあ、こうしておこうか」
トリック☆スターの姿が、壮年の男性の姿に変わる。紳士然としているが、無精髭で、髪はボサボサだ。容姿は狼煙に似ている。
「今回のことで、王魔界がちょこっと動いたみたいだが、それも変わらないということかね」
「無論だ。全面戦争でも仕掛けてくるというのなら別だが」
「それをされては困る。長く楽しめないではないか」
トリック☆スターのの言(げん)に、マステマスはついに閉口する。
マステマスは顔に出していないが、内心では羽ペンを投げつけたいほどに、面倒臭がっている。
「くっく。ついに相手にしてくれなくなったか。一柱の神相手にそんな態度を取れる人間は珍しい。だからこそ、私は君のところに遊びに来ているわけだが。………完全に無視か。これはこれで、面白い」
嘲りをやめないトリック☆スターがソファーから立ち上がる。
「それでは、私はもう行こう。せいぜい愉快に踊ってくれたまえ。人間」
トリック☆スターがマステマスの執務室から退室していく。
彼が完全にいなくなって、マステマスは一つ、大きく息をつく。

トリック☆スター。動乱と愉悦を求める。迷惑な存在。
しかし、奴を楽しませている間は、有益なモノをもたらしてくれる。それでも、味方ではない。
魔物側の方が楽しませてくれると思ったのであれば、魔物側であろうと喜んでつくに違いない。
いや、すでについていたところでおかしくはない。
マステマスは思う。
神と言えども種々多様な存在がいる。
この身は主神という座に捧げたもの。そのために使い潰すことに躊躇いはない。
だが、もしも主神に会えたとして、彼女のなりによって自分は態度を変えるだろうか。
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