街の至る場所から、泡(シャボン)が立ち昇る。
炎に照らされて、空の青を反射して。虹色に輝きながら、立ち昇る。
悲鳴を上げて逃げ惑うだけであった人々が、足を止めて見ている。
兵士たちの体に浮かんだ紋様が、光を失っていく。自らの体を見た兵士が歓喜の声を上げる。
「俺、生き残れた? や、やったぁぁ」
「よかったー」
兵士たちに、それぞれの伴侶となった彼女たちが抱きついている。
魔女が、アリスが、ミノタウルスが、リザードマンが、サラマンダーが。
戦闘で手に入れた男性たちを失わずに済んで、胸をなでおろしている。
狼煙の異能によって仕組まれていた紋が消える。それが、異能によるものであれ、人の体の気脈を歪ませ爆ぜさせるものならば、気脈を正してやればよい。混乱の収束を願う住人たちの願いを聞き届けた街に、それが出来ないわけがない。
虹色シャボンに触れた家屋が元の通りに戻っていく。
崩れていた家も、焼けていた店も。全部が全部。時間を巻き戻すように。
かつての記憶を再現するように。幸福だった時の夢の形に戻っていく。
その幻想的な光景を、呆けたように、魔物娘も、インキュバスも、人間も見ている。
それでも、失われた人々がそのまま戻ってくることはなく。
ーーー街の結界に絡め取られた魂は、街を守るガーゴイルやゴーレムに宿って、新しく生まれ変わる。
街の住人だった者たちは、新しい街の守護者として街に戻ってくる。まだ、インキュバスが生まれることのないこの世界では、全員、魔物娘として戻ってくることになったのだが……。
そして、街の住人に伴侶としてまだ認められていなかった兵士も、狂乱のヒルドールヴの爪どもも戻ってくることは、……なかった。
しかし、まだ終わってはいない。
紋様の消えた兵士たちは、歓喜しているものたちだけではない。
ーーー落胆している者がいる。ヒルドールヴ。人でなしのケダモノたち。
兵士たちは、彼らの姿を見咎めると、剣を抜く。
「お前らか、お前らが俺たちをあんな目に合わせたんだな」
「ぶっ殺す!」
「もういいよぉ。逃げよう。そんなことせずに、私と一緒に避難しようよ」
「ダメだ。許せない。こいつらは、俺たちが殺す」
魔物娘たちの懇願も、次々と激昂していく彼らには届かない。
まだ魔物娘たちと交わっていない、まだ、ただの人間である彼らには。自分を殺そうとした相手を許せない。
そんな様子を見て、ヒルドールヴの爪たちは、口端を醜く歪ませる。
そうだ。来い。こんな綺麗な場所で、血みどろに殺し合うのは堪らなく面白そうだ。一緒に、殺し、殺されるだけのケダモノになろう。
爪が、抜き身のナイフをカチ合わせて、せっかく助かった兵士たちを再び地獄へと呼ぶ。
ガチャガチャ、ガ、チャチャチャチャチャチャチャチャチャチャーーーー。
不吉な音色が理性を逆なでする。
兵士たちは魔物娘たちの制止も振り切って、爪どもに打ちかかる。
元どおりになった街の至る所で、剣戟の音が鳴り響く。
爪を一本残らず折ろうとして、鎧も肌もボロボロにされていく。
「止めろって、いってんだろ!」
ミノタウルスが巨大な斧で割り込んでいく。
ダークエルフが鞭で、剣を搦めとる。
リザードマンが剣を剣で受け止める。
その彼女たちに、爪のナイフが襲いかかる。
「チィっ!」
慌てて躱す。受ける。
彼女たちに向けて、爪たちから失笑が沸き起こる。クスクスとくぐもって。蟲の立てる羽音のようで。
それでも、彼らを人だと思う彼女たちは、どうにか救おうと考える。
説得しようとするが、蟲の羽音は止まない。
「ダメだ。彼らはそれでは止められない」
飛び出していく黒装束の男たち。彼らは全員、その顔を覆面で隠していた。
彼らは爪に走り寄る。新しい贄が来た。それに、こいつらは同族だ。。素敵な匂いだと、爪たちは喜びに身を震わせる。
やろう。殺ろう。犯ろう。人でなし同士、じゃれあおうじゃないか。
爪がナイフを翻す。黒装束の彼らは、彼らに飛びかかりーーー。
沸き立つシャボンが彼らの姿を街の住人たちから隠す。
この先は見せることはない。ブクブクと。泡が。光と影の境界壁を作り出す。
その目隠しの中で、爆ぜたあぶくはどちらだったのだろうか。
目隠しのシャボンが消えた後には、誰も残ってはいない。
白昼夢のように、夢のあぶくが一つ、パチリと弾けた。
◆
「えー。せっかくやったのに、元通りって。狡くないかなぁ」
ペテンだ。ずーるーい、ずーるーい。牙が喚き立てている。
この一帯はまだ氷に閉ざされたまま。メイは氷を避けて沸き立つシャボンを見て、羨ましそうに目を細める。
これは、ヘレンか。魔術と魔法に精通しているメイは、この術式を見て街の住人たちが助かったことを理解する。
そして、救われぬ命もあったことも。
「まぁ、いっか。またやれば。僕らは使い
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