勇者の命をエネルギーに変換して打ち出す勇者砲。
運用試験の結果は上々であった。これで……。
「これで、バフォメット、メイを討ち滅ぼすことが出来る」
マステマスは自らの執務室で呟く。長年の討伐対象を屠る術を手にしたというのに、爬虫類じみた面貌は冷たいまま。喜色を浮かべることもなく、淡々とした様子である。
彼は書類を前にして、コツコツと机を叩く。そこにあるのは、使い潰して良い勇者たちの情報だ。それを一つ一つ丁寧に目を通していく。
マステマスの心にあるのは、慚愧でも贖罪でもない。作業を進めようという心だけだ。
彼らを使い潰した後には、名誉の戦死であるとして、聖人に列席させる。そのための手続きを速く終わらせるためである。
速く終わらせて、次の志願者を募る。そして、一秒でも速く、一匹でも多く、魔物を殺すのだ。
この身は主神への祈りで構成され、脳髄の細胞は一つ残らず、魔物を殺すための思考に動員されている。
ザキルをショゴスの能力を持つインキュバスと変えた”超人化計画”の首謀者もマステマスである。
「ほい、ほーい。牙のお帰りだよ〜」
ノックの音よりも先に、おどけた調子の声が聞こえた。
「入れ」
マステマスは冷淡にそれだけを口にする。
「失礼しまーす」
言葉とは裏腹な慇懃無礼な態度で牙と名乗る少年が、マステマスの執務室に入ってきた。
「とうとう、ドルチャイに攻め込むんだって?」
「ああ、ちょうど今時刻、到着しているほどだろう」
「えっ! え〜〜〜。酷いじゃないか。僕だって行きたかったのに」
「………知っていただろう。白々しいことを言うのはよせ。牙、お前は別の任務をやっていただろう」
「そうだけどさぁ。お約束?」
マステマスの淡々とした声にも怯むことなく、牙と名乗った彼は屈託もなく笑う。
「でも、茶番だよねぇ」
そう言った牙に、マステマスは感情を宿さない目を向ける。
「だって、そうじゃない。君も、僕も、ここにいる。戦場に行かずにこんな所でだべっている。戦場にいるのは、爪ばっかりじゃないか」
「何を言っている。私がここにいなければ、誰が次の作戦を進めると言うのだ。戦場いるのは爪だけではない。それに、私は事後処理に忙しい」
「はっはー。事後処理。事後処理ときたかぁ。今は、事の真っ最中だと言うのに……。面白い。とすると、君はもう、勝ったつもりでいるのかい?」
「勝つか負けるか、などとは私にはわからん。全ては神の御心のままに、だ」
マステマスはコツコツと机を叩く。
「はいはい。そうだよね。君はいつだってそうだ。君のその顔が変わるところが見られるのなら、僕は魔物に組みしたっていいくらいだ」
牙のその物言いにも、マステマスの爬虫類じみた表情が変わることなどない。
「お前が魔物の側に立つと言うのならば、敵として叩き潰すだけだ」
「おぉ、怖い怖い」
そこで、牙はようやく本題に切り出す。
「で、僕はいつ突っ込めばいいのかな?」
「時が来れば、指示を出す。それまでは、待機だ。それまでは、あの男に精々あがいてもらうことにしよう」
「ああ、あいつ。外見ばっかり着飾った大司教。同じ大司教といっても、君とは大違いだ。あんなんじゃぁ、馬にしがみついていることで精一杯だろうに。それに、あいつが持っている勇者砲……、く、あははは」
面白くてたまらない、と牙は笑う。
「決められた役分はきっちりとこなして貰わなくてはいけない」
「ひっどいなぁ。同じ人だろう。あ、僕もだっけ? 殺す相手からはいつも、この人でなしー、って言われているからさぁ。時々、自分が人じゃないのかも、と思えて来ちゃうよ」
そこで、マステマスは眉を少しだけあげる。牙はその様子を見て、おや、と思う。
「お前にしては、気の利いた冗談だった。まだ、己を人だと思っていたとは。お前はもう人でなしだ。無論、私もだ。私たちは、ただ神のために生きる傀儡(かいらい)。人としての意志などとうに、忘れ去った人でなしだ」
「ああ、そうだ。その通りだ」
牙はマステマスの言葉で舌なめずりをする。
「じゃあ、人でなしは人でなしらしく、ただただ、相手を殺すことにしよう。この命、相手を殺すためならーー」
殺されたって構いはしない。牙はそう言い放つ。
マステマスは一つ頷くと。
「それでは、命令(オーダー)だ。ヒルドールヴの牙よ。戦況が進めば、いずれ狼煙(のろし)が上がる。そこからがお前たちの出番だ。あの戦場にいるものであれば誰であろうと使い潰して良い。そうして、存分に殺すといい」
マステマスのその言葉に、牙は、胸の前で十字を切ると、深く頭を下げた。
◆
どっど、どっど。
大地が踏み荒らされて、怒りの声を上げている。
重装歩兵と騎兵で構成されたその軍が、姿をありありと曝け出していく。
万に届くかという規模の軍勢。
「何故、これほどの軍隊がここま
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