「先輩、僕に何か用ですか?」
夕日の差し込む教室。僕は先輩に呼び出された。
冬の斜陽は低く深く、教室全体を茜色に染めていた。普段過ごしている教室と言えども、こうして見ると別世界になってしまう。教室に僕と先輩しかいなければ、尚更。
ひとみ先輩。ツリ目で黒のボブカット。体型はスレンダー。以前、体型の事を話題にしたら見たこともないくらいに顔を真っ赤にして怒られてしまったこともある。先輩には悪いけれども、その様子はとても可愛らしかった。
その彼女が。茜色の教室の中、ポツンと机に腰掛けている。太陽の中の黒点のようで、そこだけ温度が低く感じられる。
いつもの勝気な様子は静まり返って、別人のようなひとみ先輩。諦めたような、決意したような。そんな様子に僕は、ーーー期待してしまわずにはいられない。
正直、僕は先輩が好きだ。
美術部で一緒になって、よく世話を焼いてくれたひとみ先輩。勝気で、不器用で、それでも優しくて……。僕はいつしか彼女に惹かれていた。
僕の一つ上の上の学年である彼女は、この冬が過ぎればこの学校を卒業してしまう。
「………。一つ、聞きたいことがあってさ……。そんなところに突っ立ってないで、こっちに来いよ」
惚けた様にひとみ先輩を見ていた僕は、その声でまだ教室にも入っていなかったことに気がつく。
あまりにも絵になっていたその様子に、汚したくないという気持ちも僕にはあったのだと思う。
「はい」
それだけ言って、僕は茜色の教室に足を踏み入れる。ひとみ先輩という一つの点に向かって。
僕の目を見ずに、ひとみ先輩は俯いたまま。本当に、……らしくない。だから、僕は思わず心配になってしまう。
「どうかしたんですか? 先輩らしくないですよ」
それでも、先輩は俯いたままで……。自嘲気味に笑う。
「らしくない、か。そうだよな。………でも、お前はあたしのことを全部知っているわけじゃない。あたしはあたしのことが嫌いだ。何でこんな風に生まれたのかとさえ思う」
「……………」
僕は先輩が生まれてくれて、出会えて良かったですよ。そんな気の利いた台詞を僕が言えるはずもなく……。
「悪ィ。お前を困らせるつもりじゃ無かったんだ」
先輩に謝らせてしまった。否定しようとする僕は、先輩の意を決したような言葉で押しとどめられる。
「お前ってさ、一つ目の女の子ってどう思う?」
「? …………どういう事ですか」
僕は先輩の質問の意図が分からず、質問を返してしまう。
「こんな事、突然聞かれても困るよなぁ……」
ひとみ先輩は、一つ、フゥと息を吐き出す。
「想像してみてくれよ。顔の半分くらいある、大きくて真っ赤な一つ目をした女の子。そいつがさ……、その目ん玉にお前を大写しにして言うんだ。“あたしと付き合ってください”ってさ。お前……、そんな奴と付き合えるか?」
最後の方は顔を赤らめた先輩。僕は、先輩の言った状況を想像してみる。
一つ目の女の子。しかもその目は顔の半分もあって、ーーー赤い。それは、今の教室のような色だろうか? 寂しげな茜色。
その様子は……。正直、ホラーだ。でも、その子はその姿で勇気を出して告白した。
報われて欲しい。でも、普通の美的感覚だったら、たいていの人はノーと答える申し出。僕だって………。
「フフっ」
先輩の笑い声。質問をしたのは先輩だと言うのに、なぜ笑い出すのだろう。
少しだけ咎めるような視線を向けてしまった僕に、先輩は続ける。
「悪ぃ、悪ぃ。……お前が、あんまりにも真剣に考えてくれているようだったから、さ。“何だよ、そんなホラー。付き合えるわけねぇだろ”、って即答する質問だろ?」
おかしな奴だな、と。先輩はさも可笑しくてたまらないとばかりに、嬉しそうにケラケラと笑う。
僕には先輩がどうしてこんな質問をしてくるのか分からない。だって、先輩の目はちゃんと二つあるのに。そんなこと、関係のない事だろう。
だけどーー。それでも。
付き合えるわけねぇだろ、って言葉には……。本当に言われて、先輩自身が悲しんだのような雰囲気があったーーー。
「で、お前はどうなんだ?」
先輩はそれこそが本題だとばかりに再び尋ねてくる。
先輩はツリ目がちの目で僕を覗き込んでくる。だから、僕はその瞳を見て正直に答える。
「付き合えないと思います」
でも、それが先輩だったなら……。だけど、僕にそれを言う勇気はない。
「……そっか、そうだよな」
先輩の目から、涙が零れおちる。それを見て、僕は慌てることしかできなかった。
「うん。そうだよな。だから、ゴメンな……。許してくれなんて言わない。それでも、あたしはーーー」
お前が好きなんだ。
そんな言葉が聞こえた気がしたけれども。それが本当だったのかは分からない。
何故なら、そこで僕の意識は途絶えたから。
真っ暗な意識の夜に落ちる直前。
教室を染め
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