その日、都会に雪が降った。
シンシンと積もっていく雪は、都会を白銀の世界へと沈めていく。
確かーー、予報では晴れだったハズだ。それが見事なホワイトクリスマス。
都会に雪だなんて、交通に影響がでないだろうか?
そんな野暮な呟きなど、見事に白化粧を施されたビルの前では些細なこと。
雪の中で煌めくビルの明かりは、クリスマスツリーのライトのよう。
見たことのないほどの幻想的な光景に。人々は息を飲み、カップルは甘いひと時に身を浸す。
今日はクリスマス。
恋人たちが愛を語らい、愛を育む、素敵な日ーーー。
こんな光景だからだろうか……。
シャンシャンという鈴の音まで聞こえてくる。
サンタを信じなくなった人でも、思わず空を見上げずにはいられない。
竜堂幸助はかじかむ手に息を吹きかけながら、空を見上げて目を凝らす。
トナカイが引くソリにサンタが乗っている。そんなこと、あるはずがない。
だって、そんな魔物娘はいないはずだから。
そう。ホワイトホーンが引く空飛ぶソリに乗っているのは、氷の女王………。
「え?」
冷(ビ)ョウッ!
幸助の心に冷気が入り込んでくる。彼女の姿を見てはならない。その戒めを守らぬものは、すべからく心を凍てつかされる。
誰か…、誰か私を抱きしめて欲しい。抱きしめて、そのまま、その温もりの中で交わりたい。
幸助も例外ではなく、心がそんなことを思う。だが、それを彼の理性は許さない。
絶対に許してはくれないのだ。なぜならーーー。
「私は龍ちゃんという心に決めたヒトがいるのだからッ!」
彼はそう言って、拳を握り締める。彼の端正な顔は、襲いかかってくる冷気でも凍てつかせることは出来ない。
ぽたり、ほたり。
彼の立っている白銀の世界に、まるで血が滲むように、赤が現れる。
それは数を増し、そこかしこに現れる。
彼は目を見開く、そして、もう一度空を見る。空には蒼い氷の女王。
ホワイトホーンの引くソリに乗っているとはいえ、彼女がサンタのわけがない。その証拠に、赤い服なんて着ていないし、袋だって……空っぽだ。
そこから推察した……、これから起こることに、幸助の総身が粟立つ。
「ま、……さか」
脱(ダ)ッ、と彼は駆け出す。
危険だ。今すぐにこの街を出ないと危険だ。
ーーアレは。……彼女たちはプレゼントを配りに来たのではない。
ましてや、プレゼントを貰おうと待っている可愛い子供ではない。
飢えた獣(けだもの)の群れ。自分でプレゼントを狩りにきた。恐ろしい、魔物の群勢ーーー。
降りしきる雪の中で明滅する赤い帽子は、カップルに対する嫉妬で赤く燃えている。
今にも血涙を流しそうなほどに、鬼気迫った表情。目につくものは片っ端から取って、ヤっちまおうという気概に燃えている。
竜堂幸助は走る。一心不乱に、息をする暇なんてない。
夏には仲間がいた。装備も、気力だって万端だった。
しかし、今はそうではない。彼は苦々しい思いを噛み締めてここにいたのだ。
龍ちゃんにクリスマスプレゼントと称して、渡そうとした婚約指輪を彼女の父である宮司に阻まれた。
その際の戦闘で、クリスマスケーキを台無しにしてしまった。
龍ちゃんの涙を見てしまった。だから、彼はこの街にケーキを買いに来たのだ。
ケーキをお持ち帰りしようとしたのに、今、自分がお持ち帰りされる危険がある。
笑えない。だから、走る。雪の中を、白銀の地面を蹴って。
巻き上げられた雪が白々しく、キラキラと舞う。
夏ーー。彼は、軍曹と呼ばれる夢追い人として、祭りの喧騒を駆け抜けた。
冬ーー。今、彼はただ一人の逃走者として、街を走っていた。
今だ状況を理解できていない、哀れなチェリーたちを横目に見て、彼はひた走る。
「みんなぁぁぁぁ、今年は。今年のクリスマスこそは、レッドクリスマスじゃない。ホワイトクリスマスにするわよォォォ!」
リーダー格のレッドキャップの怒声で、鬨の声が上がる。
「赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤(あああああああああああああああ)ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜!」
赤帽子サンタ隊が、手に持った魔界銀の鉈を打ち鳴らすと、一斉に白銀の街に放たれる。
餓がガが、牙チャジャ邪。がががガガガがーーーーー。
爆(バ)ッ赤(ア)と。真っ白な世界に、赤の散弾銃が撃ち放たれる。
悲しみで血が噴き出したように……。積もり積もった怨嗟を吐血したように……。
せっかく氷の女王にまで、協力してもらって用意したこの狩場。
ここでしくじって、今年も赤い帽子のレッドクリスマスを過ごすことになってしまったら、目も当てられない。
今年こそは、彼の精液で、身も心も、帽子も白くなって、ホワイトクリスマスを過ごしたい。
大人になった今。待っていてもサンタは来てくれない。
ならば、ーーー自分がサンタになればいい。
自分がサンタになっ
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