34.ロリーダさまのお屋敷

豪奢、というほど豪奢でもなく。
贅沢、というほど贅沢でもなく。
華美、というほど華美でもない。

だからと言って、質素、という訳でもない。
庶民的にはまることなく、あからさまな貴族趣味でもない。
適度に権力者であることが分かる。丁度良いお屋敷。
それがこの街の現領主。エレン改め、ロリーダの屋敷であった。

部屋に通されると、サテュロスのケルンは、駄バイコーンのビクトリアの手綱を引きつつ彼女の上に座る。
すでに慣れたゴツゴツとした馬の背骨の感触。しっとりと幼い筋肉が背骨の周りに張り付いているのが分かる。
駄馬は幼駒になっているが、ケルンとて幼女の姿になっている。
ヒラヒラフリフリの服しか着られないという呪いを受けて、すでにケルンの目からはハイライト=サンが消えていた。
そして、彼女は時折、腹いせとして駄馬のケツを叩く。
その度に駄馬の幼いながら、下卑た色を含む嬌声が上がる。

デュラハンのショジョリアといえども、遠巻きにせずにはいられないサツバツとした光景が広がっていた。
そこに、とうとう魔女ロリーダが現れる。

ケルンは光を失った目で彼女を見る。
もともとカーラの家の家政婦をやっていたという彼女。今は、それなりの服に身を包んで、貴族然とした態度を取っている。馬子にも衣装ということだろうか。今は自分も馬子ではあるのだが………。ケルンが胡乱げな目で自嘲的に笑う。

ロリーダはそれを見て会釈として取ったようだ。軽く笑い返してくれる。
「あなたたちが、マーラの友達なのですね。エルタニンより遠路はるばるようこそお越しくださいました」
椅子に座った彼女が、優雅な仕草で頭を下げる。
バレている。ケルンは冷や汗を流しつつ、ショジョリアを見る。
ショジョリアも目を見開いている。
コレはイケナイ。
明らかに、ケルンもショジョリアも腹芸が出来ていない。メイ側の情報が筒抜けであることはもちろんであるが、人選ミスである。

彼女たちの様子を見たロリーダがクスリと笑う。
そんな様子に気づきもせずに、ケルンはロリーダに視線を戻す。
メイの話から、ケルンはロリーダのことを人の名前を奪って自分色に染め上げる、傍若無人な人物だと思っていた。
しかし、今目の前にいる者からは、そんな印象を抱くことはできなかったーー。

「それで、この屋敷で働きたいと? おっけー」
ケルンが頷く隙もなく、ロリーダは即答した。……というか、聞いてすらいない。
「はいぃぃ! 私はぁ、あなた様の椅子になるために参りましたぁッ!」
ケルンは駄馬の嘶きを、べ尻(シ)ィんと、張りのある音で黙らせる。
むしろキッタネェ、嬌声が上がる。

「申し訳ありませんが、椅子は間に合っているのですよ。ねぇ、ザーメンさん?」
「うん、そうだね。ロリーダさま」
答えが返ってくるが、声の主は、見当たらない。
そこで、ケルンは嫌な予感を覚える。駄馬はキラキラした瞳でロリーダの椅子を見ている。
ま、……さか。ケルンが、ロリーダの座る椅子を恐る恐る観察する。
装飾と……、目があった気がした。

やっべェェェェ! ここ変態しかいやがらねぇ!
ケルンの血の気がざァァァァァァ、と音を立てて引く。
ショジョリアさんが、ザーメンさん改め、ロリーダさまの椅子を残念な顔で見ている。あ、溜息ついた。
「師匠とお呼びしても?」
「ごめん、これは別に僕の趣味じゃないんだ。この方が箔がつくからって、エレンちゃ……、ロリーダさまが言うから」
椅子同士で語りあわないでほしい。ケルンはゲンナリして、ビクトリアは同好の士ではないとわかってガッカリしている。
「さて、それではこの屋敷で、メイドとして働いてもらいましょうか。具体的な内容はそこのリリラウネのサーゲまんとアーゲまんにお聞きなさい」
ロリーダさまが示した先には、ハツラツとした表情を浮かべる少女とゲンナリした表情をした少女のリリラウネがいた。
………? どっちがどっちだ?
「ご」「紹介に」「あずか」「り」「ました」
うっわ、気持ち悪っ。どこかのCMのセリフを口走りそうになる喋り方をしてきた。
息もピッタリに二人の唇が言葉を紡ぐ。
「「私が」」「サーゲまんだよっ」「アーゲまん……です」
ゲンナリした方が上げまんで、ハツラツとした方がサゲまんだそうだ。……深い。深くねぇよッ!
その理由は彼女たちの夫が、ーーー知っている。
夫は少年になったハズの体でギックリ腰をやって、ベッドから起き上がってこられないのだ。

ケルンたちは、これから彼女たちについて屋敷の仕事を覚える。
その間に、ロリーダの目的と彼女を失脚させるための材料を集める。それが、ケルンと駄馬に課されたミッションなのである。
ケルンは意気込みを感じる。実は潜入捜査とか憧れていたりもしたりしなかったりするのだ。
やってやるぞ。そして、変態たちよ
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