はぁっ、はぁ。ーーやった、ついに手に入れた。
両腕いっぱいに大きな一つの卵を抱えて少年は息を切らして山道を駆けていた。
少年が息を切らせながら大事に持っているのは、ワイバーンの卵。
少年は……竜騎士になりたかった。しかし、大人のワイバーンを従えるなんて自信は無い。だから、幼いワイバーンとの出会いやワイバーンの卵を手に入れる機会を狙っていた。そうしてついに、その時が訪れたのであった。
彼女を見つけたのは本当に偶然。
騎士学校からの帰り道、今の少年のように、いや、もっと大事そうに卵を抱えて空を飛ぶ彼女を見つけた。ワイバーンの手は翼となっているので、体にベルトで卵を固定していた彼女は、北の空を目指していた。彼女を見つけたとき、少年は彼女から目を離すことができなかった。
夕日の赤を反射させて輝く緑の鱗。紅天の中、力強く宙を打つ羽ばたきに目を奪われた。
ぐんぐん遠ざかっていくその姿を見て、少年は思わず駆け出していた。
思えば、その時は卵を手に入れて竜騎士になろうとしていたなんて、忘れていたと思う。
もしかしたら彼女にパートナーになって欲しいと思ったのかもしれないし、それとも単に彼女に近づきたいと思ったからだったかもしれない。
本当に思わずといった体で、向こう見ずにも少年は駆け出していた。
少年の足で空を飛ぶワイバーンに追いつけるはずなどないが、幸運にも彼女は少年に見える範囲の山に降りてくれた。
その山に住んでいるワイバーンのことは近くの村の住人には周知の事実であったようで、尋ねると村人は意味ありげな顔で「頑張れよ」なんて声をかけてくれるものもいた。
まさか卵を盗みにいくなんてことを村人が知っているわけはないので、何を頑張るのだろう、と少年は首をかしげるだけであったのだが……。
嬉しそうな顔で少年を泊めてくれて、ワイバーンの住処も教えてくれた村人にお礼を言って少年は彼女の元に向かった。さらに、何も持たず、着の身着のままであった少年に村人たちは親切にも食料や魔物よけのお守りと言って、蒼緑色の鱗までくれたものだった。
効果は確かなもので、彼女の寝ぐらだと教えられた場所まで魔物に出会うことは無かった。それでも、時折り、「え、なんであの子からアイツの匂いがするの?」「そんなぁ……」なんて声が聞こえてはいた。
そうして、少年は彼女の寝ぐらにたどり着き、彼女の隙をついて卵を盗むことに成功したのだった。
ここまで離れれば大丈夫だろうと、ホッと一息をついて、思ったよりも簡単だったな、と少年は思う。
あんなにも大事そうに運んでいたのに、机の上に卵をおいたまま、彼女はあろうことか奥の部屋へと消えてしまったのだ。彼女の寝ぐらは洞窟やお城なんてものではなく、可愛らしい木造りの一軒家である。イメージにあるワイバーンの寝ぐらとは違っていて、少年は面食らったものだが、そっと近づいて窓から中を伺うと、奥の部屋へと消える彼女のシッポが見えた。
このチャンスを逃してはいけない、と少年は家に入り込んで卵を抱えると一目散に森に向かって駆け出して、ようやく今、座り込んで息をついている。
少年は息を整えて、汗を拭いながら大事そうに抱えた卵を撫でる。
「これからよろしくね」
嬉しさのあまりまだ聞こえているのかどうかも、わからない卵に向かって声をかけていた。
これで、僕も竜騎士になれる。ワイバーンの背中に乗って空を共に空をかける成長した自分の姿を想像して、思わず頬がニヤけてしまう。
ギュッと卵を抱き寄せる。と、
「あれ?」
フンワリとした甘い香りが少年の鼻に届いた。
「……いい匂い。なんだか甘いお菓子のような」
鼻をヒクつかせながらあたりを見回すのだが、少年の目にはそれらしきものは見当たらない。キョロキョロとして、少年はやっと匂いの出所に気がつく。卵から匂いがしている。
少年は卵に鼻を近づけるとその匂いを嗅いだ。
「うん、やっぱりここから匂いがする」
少年は確信を持つが、どうしてこんな固そうな卵からこんな甘い匂いがするのか、ともすれば美味しそうな……。
「あっ!!」
考えて、気づいた。さっきまでこの卵に触れていたであろう彼女に。これはもしかしたら彼女の匂いなのではないだろうか。
〜〜”〜”。それに気づいて、少年は耳まで真っ赤にしてしまった。
あんなに綺麗にな女の人の匂いを、こんなにも熱心に嗅いでいてしまったなんてーー。自分のしていたことに気がついたからだ。
緑の鱗に覆われた勇壮な肢体で赤い空を駆け抜けていった彼女。少年が思わず追いかけずにはいられなかった彼女。
その彼女が大事そうに抱えていた卵ーーー。
そこまで考えて……少年はやっと自分のしてしまった事を省みることができた。
「……あ、…あ」
僕は何てことをしてしまったのだ。今までは彼女から逃げるのに夢中で気がつかなかっ
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