前編

「お前らこれがなんかわかるか?」
刑部狸、隠神つづみが不機嫌そうに白い粉の入った袋を机の上に放った。
事務所の中にはつづみの他に数人の男女がいる。

「なになにー、おいしーものかな?」
「そんなわけはないでしょう。うーん、この感じ媚薬ですか?」
「当たりや。うちらにとってはな」
カラステングの葉香(ようか)の言葉をつづみは限定的に肯定する。

「私たちにとってということは、人間には別、と」
大百足の百子が艶かしく手を伸ばした。袋を開け粉を手にとって口に運ぶ。
「ももさん、ずるい。やっぱり食べ物なんだ」
「ちゃうわ。あかり、あんたは黙っとりぃ」
「むー。わかったー」
つづみに言われると、提灯お化けのあかりは大人しく懐から出したあられを口に放り込む。

粉を口に含んで吟味していた百子が、うっすらと笑みを浮かべながら口を開いた。
「これはいけませんね。これでは人が人で無くなってしまう」
百子の目はすわっている。頬に毒腺が浮き出て静かな怒りを湛えている。百足の足が蠢いてギチギチと音を立てる。
「うひー。百さんここではキレないでくださいよ」
その様子を葉香はその口ぶりとは裏腹に楽しそうに見ている。あかりはのん気に手に付いたお菓子の粉を舐めとっている。

「そう。これは最近出回り始めとるもんや。うちらはええけど、人間はんが使い続けると魔物に変えられよる。何、うちは別におつむの足らん輩が勝手にキメんのは構わへん。うちらもおんなしようなことで儲けさせてもろとるし、人死にが出るわけでもない。やけどな」
つづみの眉間に皺が寄り眼鏡の奥の目が鋭く細まる。抜き身の刀のように鈍くきらめ出している。
机に拳が叩き落とされた音と共に彼女の言葉が破裂する。
「うちらに断りも入れんで商売するってのは、どないゆうことや。コラァ!」
誰彼構わず噛み殺しそうな勢いで彼女はまくしたてる。
「相手はちゃんとわかっとる。クノイチはんらに調べてもろた。海の向こうのちっこい島国から来よったゆうフェアリー・ファミリー『ティル・ナ・ノーグ』! よりにもよってうちらのシマでとはええ度胸や。この落とし前はきっちり取らなあかん」

彼女の言葉に事務所に集まった面々は頷き合う。
百子は毒腺を浮かび上がらせ、葉香は笑いを噛み殺す。
おいしいものがたべられそうだね。とあかりは舌舐めずりをしていた。

「姐さん、具体的には何をするんですか?」
静かにつづみに問いかけたのはきっちりとしたスーツに身を包んだ男。神経質そうな顔つきをしている、ともすれば狡猾とも取れるような。
「ノリくん、ここはもちろんみんなでカチ込むぜー、ってところでしょう。そんな冷静に」
「葉香、お前は暴れられればいいんだろうが、こっちはあいにくそんな高尚な趣味は無いんでな。ツッコむだけツッコんで返り討ちにされちまったら目も当てられん」
「私の旦那なのにノリ、悪いです」
「あははは。それ、おもしろい。おいしくないけど、おもしろい」
あかりがお腹の炎を抱えて笑い出す。

ノリと呼ばれた男性は深くため息をついた。彼女たちが好き勝手やった尻拭いはいつも夫である彼らに回ってくる。
彼らでは収拾のつかない彼女たちの悪ふざけは、パンッ、とつづみの手の平が打ち鳴らした音に止められる。
「黙りぃ。ノリのいうんももっともや、相手を見なあかん。もちろんあんたらにも暴れさせたる。やけどな、今回の目的はそれだけやない」
にまぁっ、とつづみの口角が持ち上がる。
「相手はんはな。ヤクが広まって来出したこのタイミングで、大きな商売をやるそうや。海の向こうから、甘い飴ちゃん仰山持ってな。それ全部うちらへのお土産にしてもうたろ」

つづみの言葉に葉香が口笛を鳴らす。
「たっくさん、儲かりそうですねぇ」
「あめ!?、わーい、あまーいあめちゃん、いっぱいだー」
無邪気に喜ぶあかりを見て、百子のしかめ面にもようやく口元だけの笑みが浮かぶ。
「さて、皆の衆。気張っていこか。ちゃあんと袋持って、あめちゃん掴み取り行こ」
「わーい、つっかみどりー!」

あかりの様子を見て、いつもながらノリの胃は痛む。
「ノリさん。うちの嫁がすいませんね」
悪びれた様子もなくあかりの夫がノリに声をかける。
「トシキ。お前があいつの手綱をちゃんとつかん取ればこんな気苦労は無くなるんだがな。あの爆裂娘、前なんて車一台爆破するだけの予定だったのに、屋敷ごとフッ飛ばしやがった。姐さんも姐さんで手を叩いて爆笑しとったし」
「そんなの俺が抑えられるわけないじゃないですか」
ケラケラとトシキは軽薄に笑う。その様子にノリはため息をつく。
「お前もお前だな。あいつの腹にあるのは提灯の炎じゃなくて、ダイナマイトの導火線だ。だが、やるだけやってくれ。せめて爆発させるところは間違えさせんでくれよ」
「ほいほいっと。で
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