【お面】

「なあなあ、おにーさん一人?」
人気マスコットのお面をつけた少女が男性に声をかける。
「そうだけど、何?」
「そうなんだー」
訝しげな男性とは対照的に少女の声には嬉しそうな響きがある。

なんだろう、こいつ。顔も知らない俺に話しかけてくるなんて怪しい。
可愛い子ぞろいの魔物娘だったら、お面なんてしないで声をかけてくるだろう。もしかしたら魔物娘のふりをした人間の美人局かもしれない。
「よければあたしと一緒にお祭り回らない?」
「断る」
男性は警戒心をあらわにして少女の申し出を断った。

そのまま立ち去ろうとする男性の後を少女は慌てて追いかける。
「ちょっと待ってよ。一人なんでしょ。だったら一緒に回ろうよ。その方が絶対楽しいって」
「断るって言ってるだろ。どうしてお前みたいな怪しいやつと回らなくてはいけないんだ。それにお前、俺の素性も知らないだろ」
「知らないけどさー、でもあたしなんとなく思ったんだよね。この人いい人だって」
きししし、と少女は笑う。
騙しやすそうな、ということだろうか。
男性は少女を無視して足を速める。

「ちょっと待ってってば、相手くらいしてよ」
少女はなおも追いすがる。
「正直なこと言うと、あんたからはあたしと同じ匂いがしたんだよ」
今までの軽い口調と違い、恥じらいが混じったような少女の声音に男性は足を止めた。
祭りの喧騒から少し離れて森に差し掛かるくらいの場所まで彼女はついてきた。
「同じ匂い?」
「そう。あんた、自分に自信がないだろう。だから、自分に声をかける女がいたら、それは全部何か裏があってのことだろうってね。私も場合もそう。寄ってくる男はみんな罰ゲームとかふざけた理由の奴ばっか」
「お前の境遇には同情するけど、人のことを勝手に決めつけないでくれ」
男性は少女の言葉に呆れる。自分に好意を持つ女性が現れないのは、自分に自信がない以前の問題だ。
こんな自分を好きになる、好きになれる女性なんているわけがないだろう。

「はっきりと聞いておくけど。君は僕に好意を持ってるのか?」
「うええ!?」
男性の言葉にあからさまに慌てる少女。その仕草だけを見れば、お面の下の素顔は赤面していそうだが、見えない状態では演技ということもあり得る。
「好意って、そ、そんな。あたしがあんたを好きかどうかってこと!?」
「それ以外ないだろ。先に忠告しておくけど、興味本位ならやめとけ。後悔するぞ。本気ならもっとやめとけ。現実を見せてやる」

男性の真剣な言葉に少女は一瞬固まるが、その真剣な様子を見て彼女にも思うところがあったようだ。
「あんた、やっぱりあたしが思った通りのいい人じゃないか。あたしが後悔しないように、傷つかないように心配してくれてるじゃないか」
お面の下でどんな顔をしていたのだろうか。知ることはできないし、知られることもない。
少女は何かを決意した様子で男性に向かって口を開く。

「うん。あたしはあんたが好きみたいだ。興味本位じゃない。だから、その現実ってやつを見せてみなよ」
「そこまで言うなら見せてやるよ。後悔すればいい」
そう言って男性は自分のお面を外す。そこにあったのは火傷で崩れた顔。
顔の右半分の皮膚はただれて萎縮し変色している。右目は白濁して見えてはいないだろう。お化け屋敷のお化けがかわいらしく思えるほどだ。

男性は彼女が悲鳴を上げて逃げて行ってくれることを予想していた。
だが、彼女からは悲鳴どころか息をのむ気配さえ感じられない。
「きしししし。そっか。そんなところまで似てたのか」
男性の顔を見て彼女は怖がったり気味悪がったりすることもなく、むしろ嬉しそうな声音で笑った。

少女が自分のお面を外す。
そこにあったのは顔に大きく嵌った単眼。
「ゲイザー…」
少女の顔を見た男性の声にも忌避感はなかった。
「な、なあ。大きさは違うけど、一つ目同士。つ、付き合ってくれないか」
男性をおずおずと見つめる一つの大きな目。
その目は男性の素顔をみて不安に思っている目ではなく、自分を受け入れてもらえるかどうかという不安に揺れる乙女の目だった。

自分が今までに向けられたことのない種類の目を見ていると、自分が先ほどまで抱いていた不信感が馬鹿馬鹿しく思えてくる。
「ぶふっ」
男性は堪らず吹き出してしまった。
「お、おい。お前、何笑ってるんだよ」
顔を赤らめて怒り出す彼女を男性は抱きしめる。
「ひゃああ。何するんだよ!」
慌てふためく彼女にお構いなしで、男性は彼女の頭をワシャワシャと撫でる。
「ふ、ふぁぁぁぁぁ」
気持ちが良いのか、混乱してしまっているのかわからない声を上げて、忙しく入れ替わる自分の感情に振り回される彼女。


男性は自分の腕の中でころころと表情を変える彼女を見て思った。
こんな彼女に見つめられる日々を過ごせるのな
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