その空間には絶望が満ちていた。
部屋の隅には膝を抱えて蹲るリリム、床にはエキドナが倒れ伏している。リッチは無表情でひたすら壁に額を打ち付け、デュラハンは自らの首と兜でお手玉をしていた。バフォメットは壊れた蓄音機のように何かをつぶやき続け、ヴァンパイアは真っ白な灰になっている。中でも異様であったのは、手足を折り床に額を擦り付けながら謝罪を続けるヴァルキリーの姿であった。
名だたる上級魔物達の目からは皆一様に光が失われ、普段の姿は見る影もない。
部屋の中心には台座があり、そこには手足を鎖で固定された一人の勇者がいた。この惨状を作り上げたのが彼だと知ったら、教団は大喜びだろう。囚われの身となり五体の自由も魔法も封じられた状態で、彼は彼女達を打倒したのだ。
だが、その過程を知れば、彼らの賞賛の気持ちは勇者への同情と変わるに違いない。そして、主神への非難の声をあげる者も出てくるはずだ。
何より彼自身がそうであった。
「神よ。私はあなたを恨みます」
口からは主神への呪詛が溢れ、光が消えた目からは止めどなく涙が溢れていた。
彼、勇者ミシェルの人生は順風満帆であった。彼は貴族の家に生まれ、才能にも恵まれていた。その上、努力を惜しまず誰よりも鍛錬を行う。そんな彼が国王の信頼も厚い第1級の戦士となるのに時間はかからなかった。そして、穏和な性格で物腰の柔らかい人柄は敵を作ることもなく、誰もが彼を慕い、彼は人々を守るために勇者となることを望んだ。そうして、望み通り彼は主神の加護を受けて勇者となった。
勇者としての彼の働きは凄まじく、国内に侵攻していた魔物を全て一掃することに成功する。民は彼を讃え、さらなる魔物の討伐を望んだ。だが、彼はそれを受諾しなかった。自分は守護の勇者であり、魔物の討伐に乗り出せば国を守ることが難しくなってしまう。守れない人が出ることが自分にとってはとても耐え難いことだ。彼は人々に頭を垂れつつ懇願した。もちろん非難するものもいたが、彼の人望と功績がその声を押しとどめた。
守護に徹し、攻勢に出ない勇者ミシェル。周辺の親魔物国家は彼を”臥竜”と呼んで怖れた。
曰く、あの国には人の姿をした竜がいる。こちらから手を出さない限りは臥せたままだが、一度立ち上がれば甚大な被害は免れない、と。
そうして守護の勇者としての名声を欲しいままにしていた彼の前に、ある時ヴァルキリーが降り立つ。
「勇者ミシェルよ。主神様はあなたに更なる加護を与えよとの命で私を遣わしました。この第二の加護を受けるのであれば、あなたが魔物に屈することはなくなります。しかし、その代償としてあなたは自身の未来を失うこととなるでしょう。それでも、この加護を受けますか?」
神々しい輝きを放つ彼女に臆することなく、ミシェルは答える。
「神の御使いよ。是が非でもない。民を守れるのならば我が未来など安いもの。その加護お受けいたします」
「流石は守護の勇者ミシェル。加護を授けましょう」
そう言うと、ヴァルキリーはミシェルに突然口づけた。
確かにミシェルはヴァルキリーの、神の威光には臆していなかった。だが、女性経験もなく健強な男性である彼が女性としてのヴァルキリーに平静を保てていたわけではなかった。彼女の端正な顔立ちが眼前にあり、陽光のような輝きを放つ彼女の髪の匂いさえも感じ取れる。唇に触れる柔らかく瑞々しい感触と共に、胸板に押し付けられて形を変えている豊満な彼女の胸の感触によって、彼はただただ硬直するしかなかった。
そんな彼が自身の体に起こった重大な変化に気づけなかったのもなんら無理のない話であろう。
淡々と口づけを終えた彼女はミシェルの前で跪き、
「私の名は、ミカエラ。この時から私はあなたの剣となります。共にこの国を魔物から守りましょう」
そう誓った。
その言葉によって、ミシェルは我に帰る。
「ああ、よろしく頼みます、ミカエラ殿。これ程頼もしいことはありません」
屈託のない笑顔を浮かべ、ミシェルは握手を求めた。一瞬ミカエラの瞳が揺れたように見えたが、気のせいだろう。彼女はすぐに握手に応じた。
これで、この国の平和は保証された。ミシェルは安堵する。
しかし、虚しくも国はその数日後に落とされるのであった。
終わりは呆気ないものだった。
リリム率いる精鋭部隊が彼の国を急襲した。周到な準備の上に行われた作戦により、ミシェルとミカエラ以外は戦う間も無く魔物に変えられ、国は魔界と化した。ミシェルとミカエラも奮戦虚しく、二人は捕らえられた。
そして、待っていたのはミシェルに対する苛烈な陵辱、のはずだった。
「まぁだまだぁぁっっ!」
床に倒れ伏していたエキドナが勢いよく起き上がる。巨大な蛇体をもたげ、麗しい唇から檄を飛ばす。
「皆、私たちは何? 男を愛し快楽を与え堕落させる魔物娘で
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