やんちゃな少年たちの声がする。
「カッちゃん、やっちまえ」
「そんなおばさんやっつけちゃえ」
「おいコラ。誰だ今おばさん言った奴は、食っちまうぞ」
「ぎゃあああああ」
「ちゃんとこっち見てろよ、お姉さん。僕のめーちゅーりつは高いんだぜ」
「お前はちゃんとわかってるじゃないか。よし。頑張って当てろよ。豪華景品が待ってるぜ」
お姉さんと言われてすぐに機嫌を直したアカオニがカッちゃんと呼ばれた少年に向き直る。
これは的あて。トラ柄のビキニを着たアカオニのお腹には絵の具で的が描かれている。
「よっしゃこい」
アカオニはバットを構える。
アカオニは避けてはいけない。動かず避けず、バットのみで玉を弾かなくてはいけない。
だが、こんなものあてられる奴なんていない。
アカオニの動体視力とパワーとスピードをもってすれば人間ではメジャーリーガーだってあてられっこない。
アカオニには当たってやるつもりもないから、景品も用意していない。
つまり、悪質なお店だった。大体の人は知っているので、彼女の店に訪れるのは冷やかし目的の客や彼女のことを知っている近所の悪ガキたちだけだった。
「いくぞー」
カッちゃんが第1球を投げる。
「ざんねーん」
狙いは良かったのだがアカオニはそれを難なく弾く。
次々と玉を投げるも全て弾かれる。
「次で最後だな。ほらとっとと投げな」
アカオニが得意げに急かす。
「ううっ」
追い込まれたカッちゃん。
だが、そこであることを思い出した。
思いついた顔でほくそ笑むカッちゃん。
その様子にアカオニはただならぬものを感じて警戒する。
「いくぞ。お姉さん」
カッちゃんが振りかぶって最後の玉を投げる。
その玉は的のど真ん中めがけて飛んでいく。
飛んでいくがそれは絶好球。
なんだ。何にも変らねぇじゃねぇか。
アカオニはいつも通り弾き飛ばそうとする。
その時カッちゃんが叫んだ。
「お姉さん。好きだー!」
「へっ!?」
その言葉にアカオニの真っ赤な顔がさらに真っ赤になる。
硬直したアカオニの的の真ん中にカッちゃんの玉が当たる。
ストライク。
「やったぁぁぁ」
少年たちの無邪気な歓声が上がる。
「すごいやカッちゃん。あいつに当てた人って初めてなんじゃない?」
「へっへーん。だろー。前に聞いたんだ。マモノって奴は好きって言われることに弱いんだってさ」
やったー。手を叩いて喜び合う少年たち。
「景品は僕のものだね。お姉さん」
カッちゃんはアカオニに目を向けたが、その姿をみてびっくりした。
子供の投げた球でアカオニが傷つくことなんてないはずなのに。
アカオニは顔を手で覆ってうずくまっていた。
急いで台を乗り越えて彼女に近づくカッちゃん。
「大丈夫。お姉さん。痛いの?」
「大丈夫、じゃねぇ」
慌てるカッちゃんにアカオニの聞いたことのないような弱々しい声が聞こえてきた。
「お前、さっき好きって言ったな。それは本当か?」
「えっ。う、うん。お姉さんにボールを当てるために言ったことだけど、僕がお姉さんを好きなのは本当だよ」
「そ、そうか」
アカオニはしゃがんで俯いたまま、カッちゃんのシャツの裾を引いて引き寄せる。
「悪いけど、この店には景品なんて置いてないんだ」
「う、うん。それは知ってる」
「知ってたのか。だから、な。だから、私が景品だ。持って行って、もらって、く、れ」
照れたまま、ぼしょぼしょと喋るアカオニの声はちゃんとカッちゃんに聞こえていた。
この日、カッちゃんに可愛いアカオニの彼女ができた。
彼女を甲子園に連れて行ったのかどうかはまた別の話だ。
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