【宝釣り】

「おめでとうございまーす」
鐘を鳴らしながら毛娼妓が声をあげる。

当たりを引いた男性に桐の箱が手渡された。
「あ、ありがとう」
受け取った男性はごにょごにょとお礼を言う。
いそいそとその場で箱を開けると、中には見事な日本人形が収められていた。

「ほ、ほぉう。これはなんとも可愛らしいですな」
「あら、ありがとう」
感激のあまり上ずった声を出した男性に日本人形が口を開く。
「お、おぉう?」
驚く男性をよそに、目を開いた人形は箱からぴょこんと飛び出して男性の手を取って走り出す。
人形とは思えないすべすべとして、柔らかい手だ。
「旦那さま。私お腹が減っちゃったの。何か美味しいものを食べさせてくれないかしら。あっ、あそこのチョコバナナなんて美味しそう」
「お、おい。ちょっと待ってくれないか」
「いいえ、待てないわ。ぐずぐずしていたら、お祭りは終わってしまうもの」
日本人形は飛び跳ねるくらいの勢いで男性の手を引いていく。

人形に言われるまま、手を引かれていく男性の顔にはまんざらでもない笑みが浮かんでいた。
「お幸せにー」
店主の毛娼妓は去って行く二人に祝福を投げかけていた。



一旦、客足も途絶えた店の椅子に彼女は腰掛けると長い髪が地面に下りる。
「はぁー、どうして誰も大当たりを引いてくれないのかしら」
彼女の目線の先にはいくつも束ねられた宝釣りの紐。
宝釣りとは、どれがどれにつながっているか分からないようにされた紐の先に景品がくくりつけられ、好きな紐を選んで引き寄せた景品をもらえるというものだ。
宝釣りの紐の中に明からさまに怪しいものが一つある。紐の持ち手に大当たりと書かれた真っ黒い紐。
艶やかに光沢を放っているそれは髪の毛で作られていた。もちろんその先につながっているのは店主である毛娼妓だ。
彼女はまた悩ましげにため息をつく。

「そんなもの誰も引くわけないでしょ」
呆れたような声が隣の店からかかる。
「こんな美女がもらえるのよ。家に持って帰って好きにしていいのよ。これを引かないなんてどうかしてるわよ」
「自分で美女とか言っちゃってるし、そんなギラギラした目で見られていて引ける人なんているわけないでしょ」
話しながらも彼女は焼きそばをかき混ぜる手を止めない。女郎蜘蛛である彼女はいなせな半被を羽織ってハチマキをつけている。
通常の宝釣りの紐は彼女が提供したものだ。もちろんちゃっかりと彼女につながる紐も紛れ込ませてもらっている。
「普通の糸にしなさいよ。そうしないといつまでたっても引いてもらえないわよ」
「いいのよ。私はわかってて私を選んでくれる肉食系の人を待ってるもん」
べーっ、と毛娼妓は舌を出す。
何が、もん、なのよ。女郎蜘蛛が呆れている。

「すみません。いいですか?」
そこに、爽やかな青年の声がかかる。
「はいっ!。もちろんいいですとも」
毛娼妓は弾かれたように客の対応に戻る。彼女のタイプにどストライクだった。
「はいはい。頑張りなさーい」
女郎蜘蛛も自分の客の対応に戻る。



「ひャんっ!」
女郎蜘蛛が突然あげた可愛らしい声にお釣りをもらった客が驚く。
彼女が期待を込めて振り返った先には、冷めた目の毛娼妓と女郎蜘蛛のお尻から出た糸につながる紐を握りしめた青年。
「何が、ひャん!、よ。可愛らしい悲鳴あげちゃって」
「え、と。よろしくお願いします」
女郎蜘蛛は気恥ずかしそうに頭を掻く青年と自分につながる糸を交互に見た。
「よおおっし。店じまいよ。私の夏は今から始まる!」
嬉々として青年を抱き寄せながら店じまいを始める女郎蜘蛛。
抱き寄せられた青年の鼻には、美味しそうなソースの匂いと女郎蜘蛛の甘い匂いがいっぱいに広がっていた。

「誰か壁を売ってる店はありませんか。お前なんて花火をいだいて爆死しろっ!」
ふはははは。目にも留まらぬ速さで店をたたみ、青年を抱きしめながら走り出す女郎蜘蛛。
残された毛娼妓の目尻には涙が光っていた。


「おい、テメェ!。ぶつかっといて謝りもなしかよ」
そんな毛娼妓の耳に、店の前で怒鳴る柄の悪い声が聞こえてきた。
「ひぃぃ。ごめんなさいぃ」
気の弱そうな男性が謝っている。
「ごめんじゃなくて、慰謝料出せよ、アァン?」
柄の悪い男性が気の弱そうな男性を突き飛ばす。
突き飛ばされた男性は咄嗟に、近くに伸びていた大当たりの紐を引いてしまう。
「きゃっ」
髪を引っ張られて毛娼妓がよろめく。

ふ、うふふふふ。
「引いた。引いたわね。私の髪を」

なおも怒鳴る男と謝り続ける男性。周りの通行人は面倒臭そうに遠巻きにしている。
口角を吊り上げながら毛娼妓がゆらりと気弱な男性の側に立つ。
「あぁん。なんだぁ、テメェ」
柄の悪い男が毛娼妓の体を睨め回す。
「姉ちゃん。いい体してんじゃねぇか。お前が布団の中で謝ってく
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