魔物娘には勝てなかったよ

その部屋はみるからに表沙汰にできない部署だった。
いくつもの電子機器が立ち並び、それぞれの前で真剣な顔つきの職員たちが、逐一状況を把握、更新、対応していた。
奥にはひときわ大きなデスクが置かれ、その席に座している男は、五十代を越えたところだろうか。ポマードでオールバックに髪を固め、顔を構成するパーツは岩でできているのではないかと思えるまでに厳つく、この男の表情は変わるのだろうか、と疑問を呈させるまでに厳然としていた。
眉間に深く刻まれたシワは、今現在のものか、それともこれまでの彼の人生で刻まれたものか。岩肌のクレバスのような粛々具合である。
男は諸手を組み、口元を隠し、事態の推移を見守っていた。
彼の視線の先には大スクリーンのモニターが表示されている。
逐次の衛星写真が隅に配置され、画面の中央には何やら研究所らしきものの構造が、透過形式で表示されている。そこにいくつもの点滅する赤い光点が、持ち場についた。

「全部隊の配置、完了しました」

部下の一人の報告に、彼は重々しい口を開く。まるで重厚な扉が軋みをあげて開くかのような有様だった。

「状況開始」
『了解!』

部屋にはまるで一つの大きな生き物しかいないかと思わせるような、一糸乱れぬ返答。職員、司令室詰めの隊員たちも、実働部隊には変わりない。

状況は開始された。
この任務は失敗できない。
これは我が国を侵略者の魔の手から守る、まさしく、人類の防波堤とも言える役目なのだから。

岩のような司令官は、凝然とことの推移を見守る。





魔物娘。

はじめその報告を受けたとき、あまりの荒唐無稽さに、〇〇部統括〇〇〇〇は、岩のような表情が剥がれ落ちそうになった。

何を馬鹿な、と言う言葉がまず心中に湧いた。だが、
本当なのだな、と言う自律機構が働いた。
長年の訓練による賜物だ。それがまるで自分に搭載されたプログラムのようになる頃には、すでに本当の名前は失っていた。この平和な我が国に、存在しないはずの部署を統括する、存在しない男だ。
だが名前がなければ不便だから、便宜上Mr.ロックと呼ばれている。自分としては顔に似合わずJポップが好きなのだが、さすがにMr.Jポップよりはロックの方がしっくり来る(違う、そのロックじゃない。鏡を見ろ、鏡を。と言えるような人間は存在しない。なぜなら彼は存在しないか)。

「そいつらが我が国に入り込んでいると」

Mr.ロックは強面の顔を崩さずにそう言った。
話す相手も、存在しない人間だ。相手がもたらす情報は、正しいか正しくないかではなく、正しかったことになる情報だ。なにせここに話が来た時点で、標的は滅ぼされる運命にあるのだから。その確度をたしかめることは出来なくなる。

ならば運命などと言う蓋然性に欠ける言葉よりも、必然と言った方が相応しいだろう。

魔物娘。
読んで字の通りに人外。
それをどうやって確かめたか、恐らくは口に出すのも憚られる手段を取ったのだろう(いいえ、スマホの画面に奇妙なアプリが出たとある職員がそいつを使用したところ判明した情報です。その職員は現在も在籍中……)。

彼女たち(魔物娘には女性しかいない。それはそうだ。魔物“娘”なのだから)は異世界の存在であり、奇妙なアプリを使って人間の男性を食い物にしていると言う(彼は知らないことだが、性的に。そして金銭的に!)

これは異世界からの侵略に他ならない。
やつらは堂々とぽんぽこ商事などと言う珍妙な名のフロント企業を抱え、裏ではアプリを配信して男性を次々と陥れているらしい。

普段は人間同士のきな臭いイザコザに応対していると言うのに、今回はまさか人外から人間を守るための戦い……。まるで映画のような状況だったが、彼の岩のような顔は微塵も動くことなく、粛々と任務を承諾した。

フロント企業であるぽんぽこ商事は街中に存在する。ご丁寧に不夜城と称されるまでの商業ビル群の只中だ。世界規模で展開されるビジネスには、時間の概念は遅いか速いかしか存在しない。夜も昼もない。その財力を鑑みるに、やつらは随分人間社会に食い込んでいるらしい。そこを強襲したいところだが、ないはずの部署がそのようなビルに侵入するには多大なリスクが存在する。しかも相手は人外なのだ。思わぬ抵抗を受けることも考えられる。

ゆえに、まずは郊外に作られていると言う運営部の建物を強襲し、出来たのならば魔物娘とやらを捕縛し、交渉に使う。もしくは生態調査……。おそらくは人類を守ると言う名目の他に、未確認生物を他国との交渉材料に使いたいと言う高度な政治的判断もあるのだろう。
しかしそれ以上は考える必要はない。他国の諜報拠点を潰すことはあるが、今回の自分たちの任務は別なのだからーー。

部隊は展開され、状況は開始された。
あとは化け物
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