まったく、なんて簡単なバイトなんだ。
絵本の読み聞かせでこの時給……。
契約内容に、思わず頬が緩むのが止められない。
って、イカンイカン。
道行く女性に変な目で見られた。
児童の前でこんな顔をして、変態のお兄さんなんて言われたら立ち直れなさそうだ。それが可愛い女の子であれば……。
いやいや、それで興奮してしまうような性癖は持っていない。
せっかく見つけたワリのいいバイト。すぐに辞めさせられてしまったらもったいない。
つい先日、ひょんなことからバイトの案内を見つけた。
本当に、ひょんなことだった。いつの間にか手にそのバイトの案内があった。どうやってそのチラシを手に入れたのか、どうして俺がそのチラシを持っていたことすら定かじゃない。
誰かから渡された気もするが、よくわからない。
曖昧模糊としているけれども、そのくらい、ぬらりとしてひょんだった。
だが胡散臭くとも、実際に問い合わせてみれば即日オッケーで、まるで狐にでもつままれたようだった。
しかしまずはその読み聞かせの技量を見て本契約をすると言うのだから、真っ当と言っちゃ真っ当ーー。
「あらあらお待ちしておりましたー」
うぉっ、デケェ……。
俺に応対してくれた保母さんは、デカかった。どこがって、そりゃあ……。
「興味ありますか?」
彼女が嫋やかな指を胸に当てれば、ふにょんと音が聞こえて来そうなほどにエプロンの膨らみが凹んだ。メロンを突っ込んでいるようなのに、あっさりと指が沈み込むとは、まさしく神秘の結晶だ。
まさか、ノーブラ……。
それにこの保母さん、俺に気があるんじゃあ……。
いやいやそれこそまさか……。
だが、初対面の女性にそれはダメだろう。バイトの面接でもあるし……。慌てて謝り目を逸らした。しかしトンでもない美人だ。穏やかな微笑みに、三日月に歪んだ瞳には吸い込まれてしまいそうになる。彼女の瞳を見て入れば、まるで魅入られたようになって、俺も園児に戻って入園したいくらいだ。
これがバブみって奴か……。
いや、もっと覗き込んではいけない深淵的な何かのような……。
「どうかされましたか?」
「い、いえなんでもないでちゅ」
「ちゅ?」
「い、いえ、なんでもありません」
やべぇ、一気に幼児退行させられていた。
額に脂汗を滲ませそうになっていれば、
「ふふ、面白そうな方で良かったです」
「恐縮です」
面白そうな方どころか不審者として通報されそうな言動だったと言うのに、彼女はやはり朗らかな笑みで返してくれた。
なんでも、聞くところによれば、俺を採用するかどうかは、手渡されたこの本の読み聞かせで判断するらしい。
“絵のない絵本”
そう言や、こんな本が話題になってたな、と思い出す。
たしか、意味のない単語、音を、子供が喜ぶものを探しだして作ったそうだ。子供たちにとっては、普段はちゃんとしなさいと言う大人たちが、訳のわからない単語や音を立てるのが面白いらしい。
子供の感性とは妙なるもの。それは大人たちがしがみつく堅っ苦しい常識、大人たちが作り上げた既成概念を、自ら壊していくさまが面白いのだ、と言う穿った見方もあるが、ぶっ、とか、わっ、とか、そんな擬音で喜べる無邪気な感性を愛でるべきだろう。
そして決してノータッチだ!
いくらこんなことを言われようとも……。
案内されたクラスで、可愛らしい女の子たちから黄色い声を浴びせられた。
「お兄さんに彼女はいますか?」
「お兄さんは小さい子に興味ありますか?」
「お兄さん、私の今日のパンツの色、興味ない? ざんねーん、今日は穿いていませーん」
ヒデェ……。
最近の子たちはマセてるなんてレベルじゃねぇ。見た目は可愛い女の子たちなのに、まるで行き遅れた年増か、性欲を持て余した熟女がその中に潜んでるんじゃないかって言い分だった。
それに、視線。
この視線は感じたことがある。
「へぇ、〇〇くん童貞なんだ」
「ふぅーん、〇〇大学の〇〇学部……じゅるり」
と、以前行った斜怪人……じゃねーや、社会人のお姉さまたちとの合コンで浴びせかけられた視線に似ている。なんと言うか……。目が笑ってなくって、鬼気迫る(危機が迫っていたのは俺だ)、と言う目つきだった。
は、ははは……、と俺は愛想笑いで場を濁して(なんで園児に同じ対応をせにゃならんのだ)、女の子しかいないクラスに居心地悪く感じながら(しかもみんな角が生えたり尻尾が生えたり、肌の色や目の色が違ったりしている。この保育園はコスプレ推奨なのだろうか? 特に必死そうなのがさっきパンツ穿いてないと言っていた天使の羽をつけた女の子。若干目が血走っているのがめちゃくちゃ怖い)、俺は保母さんに視線を向けた。
すると彼女にも角や尻尾が生えていて、瞳が園児たちに負けないくらいに爛々と輝いていた
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