ミルクマリアージュ

午後の喫茶店、休日の三時頃は私の憩いの空間だ。落ち着いた店内はランプを思わせる暖色系のライトが灯され、ファンがまるで時間を巻き戻すように回っている。
いつもお決まりの窓際の席に座り、ミルクティーを嗜めば、穏やかな時が流れる。

彼女も気に入ってくれればいいが……。

ふと、私の平穏に、湖面に小石を投げ込んだかのような波紋が起こった。懸念といえば懸念なのだがーー焦燥でもある。しかしそれは甘さを伴う。
私はかねてから気になっていた女性を、この喫茶店に誘うことに成功した。

算段というものなく、意を決して声をかければ、これまで気を揉んでいたことが馬鹿馬鹿しくなるほどのアッサリした風で、彼女は私の誘いを受けてくれた。
私ももう三十を越えた。
親からも、はやく孫の顔が見たいなどと言われていた。
だがどうにも……これまで私が心惹かれる女性というものには出会えなかった。

女性に興味がなかったわけではない。運命の人に出会いたい、そのようなロマンスを求めていたわけでもない。ただその必要性を感じず、女性に対し、合理を押しても求めたいと言う気持ちを持ち得なかったのだ。

いや、今となれば畢竟(ひっきょう)、私は運命を待ち望んでいたのかもしれない。彼女に出会ってしまったあの時は、間違いなくーー“運命”と言うものを感じたに違いないのだから。

今まで生きてきた中で、あれほどの衝撃に出会ったことはなかった。
顎先まで伸ばして切りそろえた黒髪は艶やかで、大きく濡れた黒瞳は、彼女を幼く、可愛らしく見せていた。所謂ーー童顔、と言うものだ。だがふとした拍子に見せる顔はいやに大人びてーーいや、大人である彼女に対して大人びてと言うのはおかしな表現だ、だが私は、その水底から上がって来るあぶくのように現れる、彼女の表情に魅せられた。
いつしか彼女を目で追っていた。すると見えて来たのだ。彼女が一人の女性として、如何に魅力的であるかと言うことが。

その所作の一つ一つに色気が滲み、嫋やかな指先がキーボードを打つ様など、思わず見惚れてしまった。呆(ボウ)として彼女と視線が絡み、微笑まれて慌てて視線を外したのも一度や二度ではない。
我ながら年甲斐もなく、思春期の少年のようで恥ずかしくもなってしまうが、恋などしたこともない男が、遅ればせにトキメけば、そうなるのかもしれない。

と、喫茶店のドアに取り付けられたベルが、小気味の良い音を立てた。
涼やかな風を感じたのは、そこに彼女が立っていたからだろうかーー。

彼女は黒を基調として、白の意匠を取り入れた、華やかかつ清廉なワンピースを身にまとっていた。あどけない顔の彼女にはよく似合う。しかし、やはり隠しきれない色気が薫るのだ。それにーー。

チラリと辺りを見回せば、何気ない様子でも、男性客は彼女を気にしていた。当然、女性たちも。彼女は人目をひくほどに麗しい。そして、彼らの視線の先と言うものは……。

「こんにちは、武田さん。お待たせしましたか?」
「いいえ、私はここが好きなもので。先に来て楽しんでいたのです」
「たしかにいいお店ですね、ここ」

朗らかな、春の薫風を思わせる微笑みで、彼女は私の目の前に座った。男性たちの、嫉妬と羨望を含んだ視線。そのいくつもの視線は、時折思い出したように、彼女の肉体の一部へと向かう。

斯(か)く言う私もーー男だ。

いくら紳士的に振る舞おうとも、男としての渇望が、ついついそこへと引き寄せられてはしまう。なんてことはない。彼女はーー豊満だった。

見るものの目を嫌が応にも奪う、大きく張り出した胸部。砂漠を彷徨い、カラカラに干からびる寸前に目にした瑞々しい果実のような、それほどまでの吸引力を宿していた。
童顔、と言うことも、彼女の魅惑を引き出す一つの要因だろう。

私は、彼女自身を好きになった筈だが、その乳房(ちぶさ)に惹かれていないと言えば嘘になる。それは人によってはコンプレックスとなり、ジロジロと見て来る男たちに忌避感を抱いてもおかしくはないものだが、実際のところ、彼女自身はどう感じているのだろうか?
だがさすがに聞くことは憚られる。

ワザととしか思えない体勢で、彼女はそれを机に乗せた。
辺りが、少々ザワめいた。

そのまま前に伏せれば、きっとおっぱい枕と言うものが出来あがる。
しかし、それは無意識の媚態なのかもしれない。それはたいそう重いのだとも聞く。
なにせ、微笑みをたたえた顔貌は、とても無邪気なものなのだから。
だがそれも計算づくであることも否めない。

彼女はもしかすると、経験豊富な女性と言うものなのかもしれない。
とするならば、私は彼女の手練手管に引っかかった、無様な蛾と言ったところか。

だがしかしーー、私には彼女がそうした悪辣な女性だとは、どうしても思えないのだ。惚れた弱みーーは遺憾
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4 5 6..11]
[7]TOP
[0]投票 [*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33