虫取り少年

少年が一人、スマホを片手に山道を行く。燦々とした日光を
#27205;や欅らの木の葉が遮り、風が吹き抜ければ、ささやきのような葉擦れとともに、降り注ぐ木漏れ日が、幽玄にゆらめく。
山は下界よりも涼やかだ。
とは言え、烈日に草いきれは匂い立ち、蒸せ返るほどに燃えたった緑。清冽な空気が、身体を取り巻く。

くそっ、翔馬のやつ。
お金にものを言わせてヘラクレスオオカブトなんて見せびらかして……。

幸人は悔しくってたまらなかった。
夏休みの自由研究。その題材に、山で捕まえたカブトムシの観察日記を選んだ。しかし半ばの登校日に途中経過で発表すれば、お坊ちゃんの翔馬はデパートで買ったヘラクレスオオカブトの観察日記なんてものを発表した。
しかも日本のカブトムシと戦わせて勝った、と言うことまで合わせて発表した。

ちくしょう……。

大人から見れば幸人の方が教育的には真っ当に思えるが、デデンと黄金色に艶光りするデッカいヘラクレスオオカブト。ド派手なそんなものを見せつけられて、しかもカブトムシなんて目じゃないとまで言われて、子供たちのヒーローになってしまうのはどちらか、火を見るよりも明らか。否、火よりも残酷である。

もっとすごい虫を捕まえて、翔馬もクラスのみんなもあっと言わせてやる。

幸人は鼻息荒く意気込んだ。
それに、彼には秘策があった。

スマホだ。
正確には、スマホのアプリ。

「裕太くんから教えてもらったこのアプリで……」

【まもむすGO】。彼のスマホにはアプリの文字が映っていた。

「魔物って言うからには、絶対虫の魔物もいるはずだ。虫の魔物を捕まえて観察すれば、ヘラクレスでも目じゃない」

友達の裕太くんは公園で時々遊んでいたお姉さんからこのアプリを教えてもらったらしい。ちなみに、このアプリを使うとお姉さんは変になると言っていた。
その理由はわからないが、このアプリを起動していじっていて現れたアイテム屋のたぬきさんが言うには、

「このアプリはパパママには内緒だよ」

らしいから、両親に聞くわけにはいかない。
ちょっと、その発言は年を考えた方がいい、と子供ながらに思わなくもなかったけれども、正直に言ったら生命に危険がありそうだったし、たぬきさんの底知れない眸(ひとみ)に、黙っていなければなにが起こるかわからなかったから、どちらも黙っていることにした。

もちろん今日だって魔物を捕まえに行くことは両親に内緒だ。
魔物なんて捕まえると言ったら、止められるかも知れない。魔物って言ってもたぬきさんは安全安全大丈夫って言っていたからきっと大丈夫だし(怖くても嘘は言わなさそうだった)、それに、魔物がいるだなんて、信じてもらえないに決まっている。

そう言う自分も実は半信半疑だったりはする。それでも、捕まえに行かずにはいられないほどにーー悔しかった。

「絶対、捕まえてやるんだから!」

意気込むショタの勇声が盛夏の山に呑まれていく。

”私たちをショタがご所望と聞いて!”

雌伏から目覚めた魔物娘はどれだけいたのか。
だが目覚めても、すぐに雌として伏せたがることは、言うまでもない。



アプリの画面には、お目当の虫の魔物らしいシルエットがいくつか表示されていた。

「えっと、こっち……」

幸人はその魔物娘を見つけるべく、山道を少し逸れた。熊笹が茂り、灌木が転がっている。チクチクと当たる葉を我慢して、笹の群生を抜けた。起伏に富み、山に登っているのか降りているのか、わからなくなりそうだ。しかし幸人はこの山では小さい頃から遊んでいるし、いざとなればスマホのGPS機能がある。それに、このアプリに表示されているのは、どうやってここまで詳細に描けるのか、と言うこの山の地図だ。

「この山って、こんな風になってたんだ……」

感心しながら探索し、そうして、
#27205;の巨木を巻いて顔を覗かせた。
と、至近にいた女の人の無表情な視線と目があった。
ビックリした。
心臓が止まるかと思った
恐ろしいまでに美人の女の人が、凝(ジ)ぃっと、ハシビロコウのような無表情と目力で見つめて来ていた。
それだけでも恐ろしいが、なによりーー。

「魔物ッ……」

幸人は思わず飛び退(すさ)った。
相手は、まるで戦隊物のカマキリ怪人の衣装に身を包んでいた。しかし、アプリが彼女を示しているから、それは衣装ではなく、天然物だ。
腕から直接生えている緑の鎌が、木漏れ日にしらしらと波紋をゆらした。

幸人はゴクリと唾を呑んだ。
アプリには、【マンティス】とある。

「ど、どうすれば……」

と、こちらの様子を伺っているのか、動かないマンティスとアプリを見比べた。
そこには、
ーー【マンティス】が現れた。画面の彼女をタップして、イかせて手篭めにしてしまえ

「読めない字がある…
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