騎士学生の受難

騎士学校に通う16歳の少年クレインには幼馴染がいた。
彼女は同じ村の出身で、腐れ縁と言うやつだった。男勝りな性格で、小さい頃には男子に混じって裸ん坊で川に飛び込んだりもした。成長するにつれてそんなことはさすがになくなったけれども、そいつは公衆の面前では、と言うやつで、クレインに対してはお構いないしだった。
あんたは女の子なんだからもう少し慎みなさい、と親に言われたらしい。しかし彼女には露出癖でもあったのか、それを解消するかのように、部屋に突然やって来てはベッドに乗って我が物顔で占領して、スカートから下着が見えるのもお構いなしだし、平然と真っ裸になって着替え出しもした。
「別に、クレインの目なんて気になんないし。見たいんだったら勝手に見れば?」
と言う有様であった。
俺だって男だよ、と主張しても、彼女はテンで応えなかった。成長するにつれてだんだんと丸みを帯びていく女の子の身体に、だんだんと女の子を意識するようになって来たクレインにはたまったものではなかった。
「ねぇ、私初潮が来たんだよ」
なんてことも報告され、女の子の不思議と怖さを知らなくってもいい時分から知ってしまった。血のついたパンツを見せられた時にはショックで倒れた。
「ね、ホラ、毛生えた、毛。あんたは?」
と、真っ裸の彼女に迫られて真っ裸にひん剥かれたこともあった。
「まだ生えてないんだ。可愛いおちんちん。じゃあ、生えた時は真っ先に私に教えなさいよ。だって、私が教えたんだもの」
クレインに彼女がいないのはーーと言うか、女の子が怖いのは絶対にあいつのせいだった。
ちなみにクレインは生えかけの毛を彼女に見つけられた。自分よりも彼女の方が俺の身体に詳しいってどんなことだよ、と憤慨した。
彼女との関係は、友人の一人に少しだけ話したことがあった。
すると彼は壁を殴った上にぺッと唾を吐いて学校の先生に連行されて行ったから、これは話さない方がいいことなのだと幼い時に彼は悟った。
たしかに、騎士学校の寮に入寮するようになった今となっては、彼女との間柄は、口にすれば男子寮生全員によって袋叩きにされて然るべきものだ。
なにせその彼女は、クレインと同じ騎士学校に入学し、今年度の首席なのだ。文武両道で美少女。男からも女からも人気が高い。
ちなみにクレインは次席。
今となっては彼女は昔のようなやり取りはさすがにして来ないが、後ろから羽交い締めにされて、小ぶりながらしっかりと膨らんだ胸を押し当てられることなどしょっちゅうだ。
そんな時にはよく壁を殴る音が聞こえてくる。
一糸乱れぬ唾吐きも。
違う。俺はあいつにーーエリスに弄ばれてるだけなんだ、休みの日には呼び出されて買い物や食事に引きずり回されるし、夜遅くまで鍛錬にも勉強にも付き合わされる、さすがに男女の同席が許されるのは談話室までだから、同衾はしていない、ーー寮は男女別である。
だが首席と次席の彼らである。寮の学年代表として個室が用意されている。あいつら絶対泊まったことあるよな、とはまことしやかに流されている噂である。
だが、二人は付き合ってはいないと言う。
それはどちらに聞いても十人が十人ーーではなく二人が二人ともそう答える。母数が少ないので統計学的には当てにならないことこのうえない。
二人以外に聞けばーー、あいつらあれで付き合ってないんだぜ、と、騎士学校七不思議の一つにまで数えられている。
ーーそんな彼ら。
クレインは思う。
俺はエリスのことを好きなのだろうか。
好きか嫌いかと言われれば、きっと好きなのだろう。なんせ、あんまりにも小さな頃からいっしょにいて、なんでもいっしょだったから、もはや空気のようなもので、いっしょにいることが、彼女に振り回されることが“当たり前”だった。いない方がおかしい。
そして、彼女がいないことを想像すれば、半身をもぎ取られたかのような気になる。いや、そもそも想像することすら出来ない。
彼女の方はどうか。
ーーきっとおんなじ。
エリスも、俺のことを空気だと思っている。
字面通りに受け取れば可哀想な目で見られるだろうが、彼らの関係性を思えば、俺もそんなエア(空気)彼女が欲しいと言って、通りすがりの女の子から汚物を見る目を向けられるだろう。
しかし彼も彼女もお互いの気持ちを口にはしなかった。
それでも、このままずっといっしょにいるのだろう、と漠然と思っていた。
否(いや)、或いはーー、その関係性が壊れることを、心底、お互いに恐れていたのかもしれない。

だから急に彼女がクレインによそよそしくなった時、彼は世界が足元から崩壊していくような幻視を抱いた。それは数日のことでしかなかったが、彼らの周りの人間は、過敏に感じ取ったし、クレインの焦燥具合に、声もかけられないと言う有様であった。
そして、それはエリスの方も同じであった。
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