私は落ちこぼれの稲荷です。
修行も満足に出来ず、何時迄たっても尻尾は一本。伴侶となる男性に出会えなくとも、徳を積んで業を積めば、尻尾が増えない事もないのでございます。私と違って姉妹たちは、もう尻尾は二本三本と増えております。それから先は男性に精を注いでいただくか、長い長い修行で尻尾を増やして行きます。何時迄たっても私は一尾。姉妹たちは決して馬鹿にはして来ませんが、神のお勤めも果たせず、『魔』も払えず、私は稲荷としてはたいそうな出来損ないです。
ですが、ある時、私は旦那さまに見初められましたーー。
◇
コトコトコト。
今日はお大根のお味噌汁です。
旦那さまは私の料理をどれも美味しいと言ってくださいますが、お味噌汁で一番好きなものは、大根だとちゃぁんとわかっております。
お玉で一掬い、お皿に移してお味見。
はい、今日も良い出来です。
メザシもちょうど良い焼き加減に、思わずツマミ食いをしてしまいそうに香ばしく匂い立ちます。ほうれん草のお浸しも、卵焼きも食卓に並べ、色鮮やかな朝ごはんにホゥとします。
旦那さまには喜んでいただけますでしょうか。
チラ、と卵焼きの色を見れば、私はちょっと赤らんでしまいます。何がって、あの……、旦那さまは、以前その色を見られて、私の尻尾の色に似ている、と言われたのです。似ている似ている、と言いながら美味しそうに食べられれば、まるで私が食べれているようで、その……。
いえいえ、いけません。旦那さまを起こしに参らなくては。
私は楚々と、足音を立てぬようにして縁側を歩きます。空は青く、お日さまが燦々と照らしておられます。ああ、こんな日は旦那さまと日向ぼっこでも出来れば、どれほど良い事でしょうか。
しかし、旦那さまにはお仕事がございます。わがままを言ってはいけません。
私は自慢の尾を燻らせながら、旦那さまがまだ眠っておられる私たちの寝室へと向かいます。この尻尾、寝ぼけた旦那さまに掴まれないようにしないといけません。旦那さまは私の尻尾がお好きで、昨日もたいへん愛していただきました。お恥ずかしいお話ではございますが、掴まりなどされれば、もう、私の方がひゃん、となりまして、起こすどころではなくなってしまうのです。
私はそっと襖を開けて、旦那さま、とお声をおかけいたします。
旦那さまは気持ち良さげにお眠りになられて、私はすすす、と襖を開け放たせていただきます。するとサァッとお日さまが差し込みまして、旦那さまのお布団を照らします。
眩しい陽光にも、旦那さまはお起きになられません。ですので私は、旦那さまの横に座り、布団を捲りながら肩を揺すぶるのです。うぅん、と呻かれれば、肌蹴たお着物から、昨夜私が付けた点々が……。私はチラと昨夜の浅ましい痴態を思い出し、ポッと赤面してしまいます。
目をそらし唇に指を当て、チラともう一度見ます。首元には虫刺されのような赤いものが点々と……旦那さまは私(キツネ)と言う、旦那さまを吸う虫に吸いつかれたのです。
ああ、自分で言っていて恥ずかしくなってしまいます。
コホンと気を取り直して、私は旦那さまを揺すります。
何度も何度も揺すって、お耳に口を当て、お起きになられてください、と言います。そうしてようやく旦那さまは目をうっすらと開けられるのです。ですが、私の顔を見た途端、愛していると言うのはおやめください。今すぐにそのお胸に飛び込み、私も共寝をしたくなってしまうではありませんか。
旦那さまが起きられれば、お着物を変えさせていただきます。
その時は、その男性の朝の現象と言いますか……。旦那さまの分も、私の分も、ちゃんと朝ごはんを用意してあります。私は別の朝ごはんをいただきたくなってしまわないよう、頬を赤らめ、ソッポを向きながら帯を締め直させていただきます。
すると、旦那さまは、君はまるで生娘のようだね、と言いながら、私の頭を撫でて来られます。頭の狐耳をくすぐるように撫でられ、その優しげな、官能的な手つきに私はより頬を赤らめながら旦那さまのお着物を整えるのです。
私は生娘ではありません。ですからソッポを向くのです。だって、我慢が出来なくなるではありませんか。旦那さまは知っていて私をからかうのです。そして旦那さまはそのように私のお耳を愛され……。
旦那さまのお着物を直し切るまでは、まずは私の朝の試練でございます。終わる頃には顔は真っ赤で、ヘロヘロになっております。い、いえ……。長く撫でていていただきたいからゆっくり帯を整えるなど、そんな事は……。旦那さまは意地悪でございます。
しかし、ゆさゆさ揺れてしまう私の尻尾が……、私よりもよっぽど饒舌に語られるのです。
隣に並び朝餉を始めます。
いただきますと言い合って、美味しそうに食べられる旦那さまを見ながら私はまずご飯
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