バーダンの教会。
今日は朝から閉め切られていて、内部の空気は凝っていた。
窓のカーテンも締め切られ、協会の中に届くのはステンドグラスから差し込む光だけ。一方向から差し込む光は、並べられた長椅子の影を濃く映していた。
唯一の光を背に受けて、彼女は祭壇の上で片膝を立てながら手にした王冠を弄ぶ。
森の王冠。
森のエルフたちが守っていた聖具。とある神にまつわる儀式のために使われていた道具だ。
王冠とはいっても、それには金銀、宝石といった装飾は施されておらず、金属の類は一切使われていない。艶やかに磨き抜かれた木目が表面に流れ、木の白さが輝いて見えていた。
聖木の枝を編んで作られて冠に、聖木の幹を削って作られた角型の装飾が取り付けられていた。その角は鹿の角のように幾重にも枝分かれして樹木のように広がり、見るものに木々の力強い生命力を感じさせる。同時に角の広がり方は丸みを帯びた優しいものであり、森が生命を守り育む姿をも思わせた。
力強さと優しさ。この冠を頂いた司祭は人々に畏怖と崇敬を集めていたのだろう。
そして、その姿は角のある王、森の獣たちの主であるとある神に近づくものでもあった。
そんな神聖な森の王権の象徴に、彼女はあろうことかネックレスや指輪といった装飾品をかけて飾り付けていた。
「やっぱり王冠といえば、こうキラキラしてゴージャスじゃないと王冠っぽくないじゃない。民から巻き上げた金銀財宝で自分自身をきらびやかに見せてこそ、王様と言えるわ」
彼女は楽しそうに、王冠を守っていたエルフたちが身につけていた装飾品を巻きつけていく。
時折、装飾品についた乾いた血が剥がれて祭壇に落ちるが、彼女は鼻歌まじりに侮辱を続ける。
「ご機嫌なのはいいですが、祭壇を汚すのはやめていただけませんか」
彼女に呆れたような男の声がかかる。
カソックを身にまとい、滑るような足取りでザキルが現れた。
「いいじゃない。別にみそっかすの血のカスなんて、あの女への供物としてはぴったりでしょ」
「それは問題ないのですが、教会としての体裁がある以上、血が落ちているのはよろしくない」
「主神様のありがたい、破瓜の血でーす。って、いえば色に狂った魔物ちゃんたちなら喜ぶんじゃない?」
「はっは。違いありませんね」
主神に使える神父とヴァルキリーとは思えない言葉が教会の中に響く。
「機嫌がいいのは、彼を捕まえたことも理由の一つでしょうか」
ザキルがただでさえ細い目をさらに細める。彼なりの笑顔なのだろうか。
「そうそう、当ったりー。ブレイブだっけ、ちっちゃな勇者様。あの女、あんなのが好みだったんだ。目の前で何人も男を殺してやったのに泣き声ひとつあげなくてさ。そっか、ちっちゃい子を殺したらよかったのかな。ま、必死に歯を食いしばって泣かないぞー、って顔も見ていて面白かったけど」
「彼をどうするのですか?」
「もっち殺すに決まっているじゃない。苦しめて苦しめて、自分から殺してくれって言うまでいたぶって嬲って、あの女に懇願させるのよ。僕を殺してくださいー、ってね」
「相変わらずいい趣味をお持ちだ。ですが、趣味にかまけて本来の目的を忘れないでください」
「は?」
教会に石と木がぶつかった甲高い音が、金属や宝石で出来た装飾品にが散らばって立てる雨のような音が響いた。
ザキルの言葉を聞いて、彼女が森の王冠を床に叩きつけたのだ。
「あんた、何言ってんの?。私が忘れるわけないじゃない。ふざけた事を言うなら、あんたの首を引っこ抜くわよ」
「申し訳ありません。私としたことが失言でした」
彼女が放つ殺気の中で、ザキルは変わらないすました顔で謝罪した。彼の足元の影が揺らいだように見えたが、彼自身は汗ひとつかいてはいない。
「私はあの方の忠実な僕。私はあの方のために動く。確かにヴィヴィアンは玩具として好きよ。でも、それはついで。私たちの目的は『主』の復活にこそある」
「ええ。主神を名乗る小娘を引き摺り落とし、真に偉大なる『主』をあるべき座に戻す。それこそが我らの悲願であり目的。そのためならば、我らは神を主神ですら殺しましょう」
くっくくっ、あっはははっ。
二人の哄笑が教会の中に響く、それは下劣な音楽のように木霊していた。
我らはモノス。
唯一絶対の『主神』の復活をこそ願う。そして、混沌と化した世界を一掃し新たな秩序を願うもの。
◆
「ブレイブを攫われるとは、貴様は何をしていたのだ!」
カーラの怒鳴り声が部屋に響きます。
宿に帰った私たちは留守番をしていたカーラと白衣に、ブレイブが攫われたことを伝えました。
最初は朝帰りした私たちにいつもの様子でわめいていたのですが、ブレイブがいない理由を尋ね、私たちの様子を見て、カーラは静かに話を聞いてくれていました。
私たちの話を聞き終わり、そこで我慢で
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