「うぅッ、とらの奴ぅ……」
辰吉は一人、夕方の河原でベソをかいていた。ザラザラ流れていく川に、鼻をすすりあげる音が運ばれていた。
彼は悔しくって堪らなかった。
いつもいっしょに遊んでいた友達に、お相撲で負けたのだ。
今まで遊んでいて負けることはあった。それでも、こんなに悔しく思ったことはなかった。
女の子のように泣かされて、やめてっていったのにやめてくれなかった。辰吉の切羽詰まった泣き声に、運良くとらの母親が駆けつけて止めてくれたから良かったものの、そうでなかったらいつまで泣かされていたかわからない。
今思い出しても涙が出てきてしまうし、固くなってぶるぶる震えてしまう。いつもだったら、負けても頑張って、次は勝ってやるのに、今回はあんまりにもやられすぎて、どうやって勝てば良いかもわからなかった。
「どうすれば良いんだろう……」
そうして辰吉は一人途方に暮れて、流れていく川を眺めていた。
「ナニをどうすれば良いのかって?」
「だ、誰!?」
突然聞こえてきた声に、辰吉はビックリした声を上げてしまう。辺りを見回しても誰もいないし、何が一番ビックリしたかって、それは、その声がーー。
「ふふふ、私は知ってるぞ、お前、お相撲に負けたんだろう」
辰吉はビクンとする。
何でそれを知ってるんだ。キョロキョロしても誰もいない。川の音、風が葦を揺らすさざめきしか聞こえない。
「でも、どうやって勝てば良いかわからない」
それも正解だった。
「だ、誰なんだよぉッ!?」
辰吉はビックリと云うか、もう怖くなってきていた。何故って、その声はまるで水の中から聞こえてくるようでゴボゴボ聞こえるし、それにーーここは河童が出ると云われている場所だった。
「ふ、ふふふふふ」
ざばぁっ、と水音が上がって、辰吉はきゃっと悲鳴を上げてしまう。
「か、河童……」
「そう、何を隠そう、私は河童なのだ」
何を隠そうと云ったって、頭のお皿も背中の甲羅も隠す気がなく、辰吉と同い歳くらいの、少女河童がそこにいた。彼女は作務衣のような服を着ていた。
「う、うわぁッ、うわッ」
辰吉は尻餅をついて、馬鹿みたいに叫んでしまった。
ちんちくりんな可愛い女の子でも、河童は河童だ。大人たちから聞かされているように、逃げないと尻子玉を殺されてしまう。辰吉は慌ててお尻を押さえてしまう。
「ちょっと、そんなに怖がらなくても良いじゃないか」
ちんちくりんの河童はプクッと頬を膨らませていた。拗ねた貌に、怖いと云うよりはむしろ可愛いのかな、とチラッと思ってしまう。
「お前、辰吉だろ」
「なんで僕の名前を……」
「ふふふ、橋の下を通っていくお前たちの話を聞いていたんだ。それでお相撲をするってことも聞いた。それでここで泣いてるってことは、お前は負けたに違いない。なぁ、そうなんだろ、お前、負けたんだろ。この、負け辰吉め!」
ずいずい近づかれて負けた負けた云われると、辰吉はまた泣きそうになってしまう。
相手が可愛い女の子だと云うことも大きい。
「あっ、ごめん、ちょっと言い過ぎた、だから泣かないで」
河童ちゃんが慌てていた。
「な、泣いてない……」
すでに涙がポロポロ出ていたが、辰吉は精いっぱい強がってやる。
すると、河童ちゃんはニッと気持ちの良い笑貌を見せて、
「うん、泣いてない。辰吉は強い奴だ。だから、私とお相撲の特訓をしよう。私、お相撲強いんだぞ」
ぺったんこの胸を張る河童ちゃんは、全然強そうに見えなかった。
辰吉は本当かなぁ、と云う貌を見せる。
「む、それは信じてないな……。じゃあお相撲だ」
「う……」
辰吉はお相撲と云われて気が引けてしまう。河童とは云え、可愛い女の子だ。姿だけ見れば辰吉は負けるわけがないと思う。だけど今日のことを思えば、やっぱりためらってしまうのだ。
「怖いのか?」
「怖くないッ」
可愛い貌で悪戯っぽく云われれば、辰吉は思わずそう返していた。
「じゃあお相撲だ」
「う、うん……」
「あ、そうそう。私は河童のみどりだ。よろしくな、辰吉」
河童とは云え可愛い女の子に手を差し出されて辰吉はドキドキしながら握り返す。みどりの手はぬるぬるしていたが、いやなぬるぬるじゃなかったし、女の子の手は柔らかかった。
「よろしく」
「大丈夫、あいつと違って私はちゃんとやめてやるから安心しろ。それに、お前じゃないとあいつはやっつけられない」
「そうなの? と云うか、みどりちゃんはとらと知り合いなの?」
そう聞けば、みどりは渋い貌をする。
「ああ、あいつ、いっつもいっつも……」
可愛い貌を歪めてギリギリ歯を鳴らすみどりに、辰吉は何となく聞かない方がいいな、と思った。
何でかって、みどりは
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