「お久しぶりです、春人さん」
俺、吉高春人が田舎の実家に帰れば、見ず知らずの可憐な女性に出迎えられた。可憐と言うかなんと言うか、彼女は蝶だった。
頭には虫の触覚が生えているし、背中からは大きな蝶の羽根が生えている。お尻からは虫の腹部。まるで絵本の中のメルヘン界から飛び出してきたような女性。
確か、パピヨンと言う種族だったと思う。
柔和に、穏やかな春のような微笑みを浮かべる彼女に見つめられて、固まってしまった。
彼女が可憐で美しいーー可愛いと言っていいかもしれないーー女性であると言うことはもちろんだし、それだけではなく、何より俺のどストライクだった。
何度もお世話になった、秘蔵のエロコレクションから飛び出してきたかのような……。
サラサラと、まるで蜂蜜で出来ているかのような肩まで届く髪。豊満な胸はぎゅむぎゅむと縦セーターを押し上げて、慎ましやかなロングスカート。まさしく童貞を殺す服。確かに俺は童貞だけれども、童貞じゃなくても殺せると思う。
そんな女性に見つめられて、言葉が出なくても、仕方がない。
無言で思わず家の外に出て、表札を確認する。吉高と書いてある。家の外観だって、周りの田んぼ、少し離れたところにある森だって昔のままだ。高校に出てから社会人になるまで、一度も帰省したことはなかったが、ここはまるで時が止まったかのように当時のまま。
なんとか深呼吸して玄関に戻れば、やはり先ほどの女性が先ほどのままで微笑んでいた。
「どうかされましたか、春人さん」
「い、いや……」
その口ぶりに、彼女は俺のことを知っているのだとは思うがーーパピヨンに変態するのはグリーンワームと言う種族だ。確かに、昔グリーンワームの同級生は何人かいたがーー俺の記憶には、彼女につながる人物は思い出せなかった。
「す、すいません。……どちら様でしょうか?」
たいへん失礼極まりないが、そう尋ねるしかなかった。下手に嘘をついて、こじれる方がマズイ。
ハラハラと、固唾を飲んで彼女の返答を待っていれば、
「まあ、」彼女はやはり柔和に微笑んで、その豊満な胸に手を当てた。ふにゅんと音が聞こえてきそうなほどに柔らかそう。彼女の胸から目が離せなかった。
「ふふ、私、そんなに変わりましたか? 春くん」
その響きに、何か、記憶が刺激された。その声音で俺のことを呼んだ少女がいたはずだ。
そうしてまさか、と思う。
その髪には、見覚えのある花のヘアピン。
「…………みゆきちゃん?」
「はい」
それは、花開くような笑顔だった。
/
信じられなかった。
みゆきちゃん。
蝶野みゆきと言えば、ワンパクが形になったようなグリーンワームだった。よく俺に懐いていて、花の蜜をぶっかけられたり、川に突き落とされたり、触覚からクッサい液をかけられたり、木から降りられなくなった彼女に降ってこられたこともあった。
うん、ロクな思い出がねぇ……。
しかし、彼女を可愛らしいと思ったこともあった。
それは、彼女の誕生日プレゼントに、その花のヘアピンを送った時のことだった。
正直なことを言えば、心を込めた贈り物なんかじゃなくて、ワンパクな彼女にそれを送って、ガサツなお前には似合わねーよ、とからかおうと思っただけだった。
だと言うのに、彼女は嬉しそうな顔をして、すぐに髪をとめると、「ありがとっ」と、はにかむような顔で笑ってきたのだ。
それはたいへんに破壊力があった。
からかうことなんて出来なかったし、何よりも、送ったプレゼントを女の子が喜んでくれると言うことが、こんなにも嬉しいことだと、初めて知った。
俺が高校にあがるために上京する時、それを告げられた彼女は、
「春くんのバカーッ! 二度と帰ってくるな、このおたんこなーす!」
と、涙ながらに吐き捨て、見送りにも来てはくれなかった。
当時の俺は、別に付き合っていたわけでもないし、これが今生の別れになるというわけでもないので、大げさな、とか言っていた程度だったと思う。
それ以降彼女とは手紙も、メールやSNSのやり取りもなく、今に至っていた。
そんな彼女が、今や昔の面影がないくらいの可憐な女性となってーー俺のドストライクな女性となって、隣ににこやかに座ってお酌してくれていると言うのだから驚きだ。
と言うか、彼女が気になって、料理の味も酒の味もわからない。
「春人ー、どう? みゆきちゃん綺麗になったでしょう」母が聞いてくる。
「あ、ああ……」
「ありがとうございます」
ふわっと至近距離で微笑まれて、思わず口から酒が溢れていた。
「あっ、しまった……」
「仕方ないですね、春人さんは」
くすくす笑いながら、ハンカチで口を拭ってくれた。両親の前で恥ずかしいと言うのもある
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