春が訪れ、新入生たちが続々と登校してきた。桜の蕾がかわいらしく膨らみ、そういえば、桜は英語でチェリーブロッサムと言うんだったな、と横目で見ていた私に、明らかに頭の悪そうな声が聞こえてきた。
「でさー」
「マジで!?」
「マジマジ」
「ジマジマ」
四文字だけで話が成立しているのはむしろ頭が良いのかもしれないが、私は彼らを放っておくわけにはいかない。風紀委員である私は、彼らの前に立ちはだかり声をかけた。
「ちょっと待った君たち」
「何? ……うぉ! すっげぇ美人」
「マジだ。金髪ポニーテールに赤目で抜群のプロポーション。こんな存在が本当にいたんだ……都会ってすげぇ! 聞いてた通りこの学園レベル高ぇー。期待しちまうなぁ、もう」
彼らは目を丸くしつつ私を不躾に見てきた。私の容姿の説明はご苦労なことだが、加えるならば、透き通るような白い肌、と言うことを忘れてはいけない。私がそんな美人であることは間違いなく、彼らの視線も問題ない。なぜなら、より問題なことがあるからだ。
「何? 俺らに何か用? 付き合いたいって言うんだったら、いいぜ」
「お突きあいを前提にお付き合いをお願いします」
ふざけ合いながら私に手を差し出す彼らだが、私は一人の両肩に手を置いて真剣な目をする。それでちょっと彼らは身を強張らせたようだった。
自分で言うのも何だが、私の目は鋭いらしい。男子であっても睨むだけで大半がひるむし、女子に流し目を送れば視線だけで妊娠すると言われている。
おちゃらけていながらも彼らはまだ新入生だった。高校になったばかりで、きっと高校デビューでそうした態度を取っている部分もあったのだろう。私に見つめられて若干頬を染め、目を逸らそうと揺らしていた。
私は微笑ましく思いつつも、彼らに向かって真剣な口調で告げる。
「君たち、腰パンは止めろ。パンツが見えているじゃないか」
一瞬ポカンとした彼らだったが、
「……………プッ、あははははは!」
と吹き出す。
「びっくりしたじゃないで……、ビックリしちまったじゃねぇか。驚かすなよ。何? 男のパンツ見慣れてないの? 先輩」
「僕らの見せたから先輩の見せてくださいよー」
「というか、それ。風紀の腕章。あ、先輩、風紀委員なんだ。カッケーヤベー。絵に描いたような風紀委員にカンドー」
「せんぱーい。パンツ見せたんだから見逃してくださいよー」
ゲラゲラと笑って調子を取り戻す彼らだが、私は真剣だ。確かに私は風紀委員で、私がこうしているのは風紀の乱れを心配してではあるのだが、私が心配しているのはむしろ……
「ダメだ。私は君たちの身を案じているんだ。この学園はな。君たちのような男子から真っ先に狙われるんだ。君たちの姿は、ユニコーンの前に亀甲縛りをされた童貞を放り出すようなものだ」
「ど、どどど童貞ちゃうわ……」
「ウン、僕も童貞じゃないよ…………」
明らかに挙動不審になる童貞たちに、いくつもの視線が投げかけられるのを私は感じた。ああ、手遅れだ。新入生の尊い童貞が散らされてしまう確信を抱き、私は諦めたように彼の肩から手を離す。
「もう、そのままで進んでも良いぞ」私はこれでもかという憐れみの視線を向ける。「だが、ズボンはちゃんと履いて置いた方が、襲われるまでの時間は稼げると思う」
私は彼らに向かって十字を切った。
訝しげな顔をしつつ、私の忠告通りにズボンをキチンと履き直して去っていく彼らの後ろ姿を見、その後を追いかける馬の蹄の音を聞きつつ、私は校門に向き直った。
私はまた一つ貞操を守ることができなかった己の体たらくにため息をつく。
彼らは知らないのだ。この学園、御伽学園に通う女生徒は、その大半が正体を隠した魔物娘であることを……。かく言う私も魔物娘である。
まるで手で押さえられたようなくぐもった悲鳴を、私のヴァンパイアの聴覚がとらえた。 一つのカップルの成立は喜ばしい。だが、成立イコール合身を意味しがちな肉食系女子に、おののく男子だっているはずだ。たとえ相手が魔物娘でどうせ丸く収まるのだとしても、無理やり犯されてしまう恐ろしさは男だって同じに違いない。
魔物娘だって手当たり次第ではない。だが、あんな風に襲ってくれと言わんばかりの姿では、本能を抑えきれない娘だって出てくる。あんなパンツの見える腰パンスタイルでは、鴨がネギを背負って火のついた鍋の上で踊っているのに等しい。
高校デビューで意気がっていようが御構い無し。いたいけな童貞に無用なトラウマを植えつけかねない。そして、それがーー私は風紀委員をしている理由でもある。
私がそう思うのも、私には苦い経験があるからだった。
私はヴァンパイアだが、処女ではない。そして、彼氏はいない。
あれは私がまだ小学校低学年で、おそらく彼は近い年下だったのだ
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