U System

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  ◆1 Friendship

 夜、私たちは森の中で野営をして、焚火を囲んでいた。
 パチリと松が爆ぜれば、火の粉が宙に散る。木々の隙間から、飛沫のような星々が覗いていた。
 クルスを連れだしてから、数日が立っていた。
 焼かれているのはついさっき仕留めたグリズリーの肉だ。あの街で略奪してきた食料が尽きたので、私たちは狩りをした。
 巨大なグリズリーをブロッケンが力づくで仕留める光景に、クルスは目を丸くして感心していた。もう少し驚くことを期待していたのだが、感心するとは、彼は意外と荒事に慣れているのかもしれない。そういえば、彼もかつては魔物を殺していたと言っていた。今の姿からは信じられないが、本当に本当だったのかもしれない。
 そんなことを思いながらクルスを見ていたのだけれど、食事をとる時でも彼は表情を変えなかった。だから、私は思わずクルスに問いかけた。
「美味しくないの?」
「いや、美味しい」
「…………それならもっと美味しそうな顔をしなさいよ。折角私が作ったんだから」
「ごめん」
「いや、謝ってもらいたかったわけじゃないけれど……」
 木々の間からは木の葉を揺らすざわめきが、さざ波のように聞こえてくる。私たちのおこぼれに預かろうとする低級な魔物だ。クルスを狙っている奴らもいるだろう。でも、バフォメットのブロッケンの姿に手を出せないでいた。
 クルスは指についた油を舐めていた。子供っぽくて可愛らしいかもしれない。それを見ていた私の心に、ふいに意地悪な気持ちがムクムクと湧いてきた。
「ねえ、あなた魔物を殺さないと言っていたけれど、食べるのはいいのね」
 彼はキョトンとした顔で私を見た。
「だってそうでしょ。グリズリーだって魔物よ」
「そうだね。でも、僕はグリズリーが魔物だから食べているわけじゃない。食料だから食べているんだ」
「いえ、魔物でしょ」
「魔物だ。でも食料だ」
 そう言い張る彼に、私はゲンナリとする。虐めてやろうと思ったのに、わけのわからないことを言われて、折角の気持ちが萎えてしまった。明らかに不機嫌になった私を見かねたのか、ブロッケンが口を挟んできた。
「魔物でもお前のことは食わんだろ」
「ええ。むしろ私が食べる側よ。性的にだけど」
 と言って、私は気がついた。
 食べるということにも種類があるように、魔物にも種類がある。彼は食べられる魔物を、魔物としてではなく、食料として食べるということだ。それは何ら不思議なことではない。
 魔物と言っても種類があるし、さらには本来ヤることばっかり考えるはずのサキュバスの中でも、私のように魔王を本気で目指そうと言う変わり者もいる。それに協力する奇特な悪魔だって……。それなら、人間も? 人間にも様々な奴がいる? こいつのような……奇妙な奴だって……。
 見ればクルスは再びグリズリーの肉を食べ、ブロッケンはクツクツと笑っていた。
 私は子ども扱いされているようで、さらに不愉快になった。
 私はガブリとグリズリーの肉を頬張る。調理の方法がよく、獣臭くなく、火加減も完璧だ。さすが私だ。だから、もっと美味しそうな顔をすればいい、と私は彼のことを恨めしく思う。
 そうしてふと、私は別の食欲を感じた。
 この奇妙な奴であれば、精液の味も違うのだろうか。
 彼とすれば、私の渇きを少しでも潤すことになるのだろうか。
 しかし、もしも美味しかったとして、潤わされたとして、そうしたら私は歯止めがきかず、彼をそのまま吸い殺すだろう。それなら――普段と変わりない精液の味ならば吸い殺さない? いや、それもない。サキュバスの矜持として、つまみ食いはしても、食べ残しはしないことにしている。
 だから、私は今彼の味見をするのは止めておこうと思った。
 それはなんだか、とても勿体ないことのように思ったのだ。
「ねえ、あなた」
「ん、なんだい? ……うわっ、っとと。危ないな。食べ物で遊んだら駄目だろ」
 私が投げた食べかけのグリズリーの肉を、彼はなんなく受け止めていた。その反射神経に少し(本当に少しだ、一つまみの塩程度の分量で、それ以上はない)、感心した。
 私はニンマリと彼に向かって笑ってやる。
「あげるわ。あなたがあんまり美味しそうに食べないもんだから私の食欲が失せてしまった。だから責任をもって食べること」
 私の言葉に彼は奇妙な顔をしたが、やれやれと首を振り、私の食べかけの肉にかぶりつき始めた。文字通り彼に唾をつけることに成功した私は、彼に一矢報いた気がして、なんだか満足げな気持ちが湧いてきた。
 視線を感じれば、ブロッケンが私を見ていた。だけど、その瞳の色が何なのかは分からなかった。まるで何か、眩しくも悲しげな、叶わぬ恋を見るような瞳をしていたから。悪魔がそんなことを想うわけがない。
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