鬼の酒盛り

あるところに六助と平次という酒好きの大工がおったそうな。
彼らは今日の大工仕事を終えると、二人でぷらぷらと町を歩きつつ、今日はどこの酒場でひっかけようかと語らっていた。
「おい平次、お前さん、知ってるか?」
「何をだよ。何を知ってるか言ってくれねぇと答えようもねぇ。俺はつーとかーでいける夫婦(めおと)じゃねぇんだから」
「違ぇねぇ、でもお前が嫁とか気持ちわりぃぜ」
六助は舌を出しつつ、肩をさすった。
二人は酒好きがたたってか、嫁も良い相手もおらんかった。
「で?」
「ん?」
「ん? じゃねぇよ。何を知ってるか、って聞いたのか、って聞いてんだよ。っあー、こんがらがってくる」
「こんがらがってくるのはお前のおつむがこれだからよ」
六助は自分の頭の上で指をくるくると回した。
「殴んぞ?」
「殴ったら言わんぞ? ……わーかったよ」
と、六助はニヤリと唇の端をつり上げた。
「お前さん、鬼の口噛み酒、って知ってるか?」
平次は奇妙な顔をした。
「口噛み酒ってなぁ……。ああ、あの鬼酒神社でやってる神事の酒か」
平次は先月のことを思い出した。
しかし思い出したくない光景だった。
口噛み酒とは、口に入れて噛んだ米を水に吐き、それを発酵させて作る酒である。しかし、あの神社のババ様が吐いて作った口噛み酒を飲みたいとは、いくら酒好きでも思えない。若く美しい巫女だったら、むしろ土下座してでももらいたい。
平次は六助を冷めた目で見た。
そんなものを飲もうとするならば、自分たちの関係もこれまでだ。
「おかしい奴をなくした……」
「おいテメェ。何か変な想像でもしてんじゃねぇのか?」
「いや、あそこのババ様の口噛み酒を飲みたい奴がいるとは思わなかった。来るな! 二度と近寄るんじゃねぇ!」
「ちっげぇよ! 俺だってあんなもん飲みたくなんかねぇよ! まだババ(うんこの事)食ったほうがマシでぇ!」
「ババ様のババか!? それ以上近寄るんだったら、俺(おり)ゃあ岡っ引きを呼ぶぞ!」
「だーかーら! もうババぁから離れろ!」
そう言って六助は平次を叩(はた)いた。
「ぎゃああ! ババァひっかけられた!」
「ババァなんてひっかけるかい阿保ぉ!」
良い歳こいた男どもがババァババァ連呼するのを、鼻を垂らした幼子が指をさし、母親がそれを叩(はた)いてその手を引き、そそくさと去っていった。

「ちょっと、落ち着こうじゃねぇか。このままだといつまでたっても酒が飲めねぇ」
「違ぇねぇ……」
肩で息をする二人だったが、六助の言葉に平次も止まった。それに、そろそろここでやめておかないと、大手を振って外を歩けなくもなりそうだった。
「鬼酒神社なのは変わんねぇけどな。あそこにゃあ鬼の口噛み酒ってもンが伝わってるらしい」
「ウン……」
平次が大人しく聞いたところによると、なんでも鬼酒神社のご神体というのは、昔鬼が米を噛んで作った口噛み酒らしい。その鬼は、鬼の他聞にもれず酒飲みで、諸国の酒をかっ喰らい、その唾液すら酒になったという伝説が伝わっているというそうな。
「で、それを飲もうってのかい」
「ああ」
六助は悪びれることなく頷いた。
「だけどそりゃあご神体だろ? バチが当たるんじゃあねぇのかい? バチが当たって鬼に食われるとか俺(おり)ゃあゴメンだぜ」
「馬ッ鹿やろお。神さまが怖くて酒飲みがやってられるかよ。神さまが鬼を遣わすなんてぇことがあるわけねぇだろ。……とは俺も言えねぇ」
「言えねぇのかよ!」
と、平次は六助の肩を叩(はた)いた。
「おいおい。話は最後まで聞け。神社にゃあ分霊、ってのがあるだろ?」
「ウン……? うん」
分霊というのは、分けて祀られた神さまの霊をいう。
つまりは神棚に祀られるような、神さまの分かれ御霊である。
「まさか……別に分けてある酒があるってのか……」
平次の言葉に、六助は待っていたとばかりに頷いた。

二人は山道をえっちらおっちらと登っていた。
すでに日も暮れかけ、茂みの中からは虫の声が聞こえる。たなびく雲は夕日を浴びて橙に染まり、山の中は日が暮れるにつれて賑わしくなってゆく。
鈴虫の声は、虚無僧の鈴(りん)の音(ね)のようでもある。
風が吹いた。
湿り気を帯びた、息のような風である。
木の葉のささやきは、その主が歯を擦り合わせているよう。
平次だけでなく、六助までその薄気味悪さにぶるると震えた。
誘ったのは彼ではあるが、別の場所ではご神体として祀られている酒を失敬しにいく。そこに後ろめたさを覚えていないわけではなかった。
「おい、六助、まだ登るんかい」
「ああ、この山の半ばに祠があるってんだよ」
「…………」
「おいおい平次。お前さんもしや怖気づいたんじゃあるまいな。もしそうだったら引っ返していいぞ。美
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