怪人いかれ帽子屋

そいつは奇妙な風体の輩だった。
いつから現れたのか、どこからやって来たのか、何も定かではない。
わかっていることといえば、そいつは舶来物の、燕尾服などと呼ばれる小洒落た服を着て、シルクハットという帽子を被っているということだ。その帽子には生きたキノコが張り付いている、なんて噂もある。
そいつはふらふらと街中に現れては女子に声をかける。
それを聞けばそいつは男なのかと思うかもしれないが、それも定かではない。
そいつの服装は男のものらしいが、顔はなよなよとして、そんじょそこらの女子よりも可愛らしい、らしい。胸の膨らみがあったと言ったやつもいた。だが、それも定かではない。
わかっていることといえば、そいつは女子に声をかけては、そいつが被っているような、奇妙な帽子を女子に押し付けてくるということだ。
それだけであれば、単なる奇態な変質者として問題は片付くのだが、それもまた違った。
そいつに帽子を渡された女子は、すべからく失踪している。そいつが拐かしたのではないかと、岡っ引き一同はもっぱらそいつを探し出すことに専念している。だが見つからない。もしかすると、そいつは岡っ引きたちが動いていることに気がついてシマを変えたのかもしれない。
太え野郎だ。いや、野郎かどうかも分からないんだっけ、と岡っ引きの六朗は鼻をこするのだった。



お使いから帰って着たおみつは、るんるんとしていた。彼女の陽気に当てられて、種もないところから花でも咲くのではないかと思えるほどだった。くすんだ色合いの着物も、晴れ晴れとして見える。
「おみつちゃん、そんなにご機嫌でどうしたの?」
同じお店(たな)の奉公人であるおさよが声をかけた。しかし、おみつはにっこり笑って、
「ひみつ」
と言うだけだった。
これは男ね。とおさよは思った。
お使いに行った先で、いい文(ふみ)でももらったに違いない。あの辺りには色男として浮名を流す船頭がいたはずだ。今のところその舵取りを誤ってはいないようだが、良い噂は聞かない。おみつもそれを知っているはずだから、ならば飛脚の兄(あん)ちゃんだろうか。
相手が本当にいい人だったらいいのだけど。
同じ時期にこのお店に入ったおみつが色を匂わせる様子に、おさよは複雑な思いを抱くのだった。だから彼女はおみつが使いの品とは別に、もう一つ包みを持っていることに気がつかなかったのだ。当然、おみつがるんるんなのは、そこから漂う芳香のせいなのだとは、思ってもみないのである。
さて、その夜のことである。
おさよが部屋に戻ると、おみつは何やら見慣れない被り物を被って、ボンヤリとしていた。その目は虚ろで、少々心配になってしまうほどである。
おさよとおみつは同室である。すでに夜の支度は終えていて、二つの布団がきちんとしいてある。行灯なんてものもは出してはもらえなくて、ロウソクの明かりがおみつの顔を照らしている。オレンジ色の明かりが虚ろな瞳に揺れれば、うら寒い不気味さがある。
おみつは自分の方の布団の上にみっともなく足を投げ出して座っている。裾が乱れて彼女の細くて白い足が覗いている。ロウソクの橙がまるで彼女の足を舐めているように艶かしく、おさよはそれからちょっと恥ずかしそうに目をそらした。
おみつがそのような格好をするのは珍しい。珍しいと言うか、初めて見る。昼間はるんるんとしていた彼女だが、普段は、いや、その時だって、仕事はきちんとやるし、このように自分の分まで布団を敷いてくれるような、気の利く娘である。
「おみつちゃん、どうしたの?」
おさよが尋ねるが、おみつは返事をしない。彼女は惚けたように座ったままだ。
おさよはその様子にいよいよ心配になる。
嫌な予感が頭をよぎる。
おさよはご禁制の薬について聞いたことがあった。何でも吸えばポーッといい気持ちになって、気分が高揚するが、その代わり薬が切れると今度はボーッとなって虚ろになってしまうのだそうだ。細かい症状は人によって違うようだが、いまのおみつの様子は噂に聞いていた症状にそっくりだ。
昼間のだって、色っぽい話ではなく、煙たい話だったのかもしれない。
おさよはぞぞっとして、慌てておみつを揺すった。
「おみつちゃん、おみつちゃん。本当にどうしたの」
その拍子にコロリと乗っかっていた帽子が落ちた。すると、見る見るうちにおみつの瞳には光が戻ってきて、
「あ、おさよちゃん、そんな顔をしてどうしたの?」と、キョトンとした顔を見せた。それから、「きゃあ、私ったら足を見せてはしたない」と、彼女は急いで裾を直すのだった。
おさよはホッとすると同時に、やはり心配そうな顔をする。
「おみつちゃん、今日はどうしたって言うのよ。あなた、変よ。それに、あの帽子は何?」
おさよは気味悪そう
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