白蛇の怪

ある日の暮方のことであった。男が一人、草むらにうずくまっている。
まだ薄明かるさの残る青黒い空、椀のような月が傾いでいる。小高い山々が見える、小さな農村である。ポツポツと星の点り始めた天の下、彼は一人着物の尻をはしょって、自慰にふけっていた。
なんでも外で致す方が、気が乗るそうである。
真っ暗闇では味気ない。これほどの見えるか見えないかの明かるさを彼は好んでいた。もしかすれば、村人が通りかかるかもしれない。その緊張感がよいのである。しかし、もし見つかった時、それが男であれば、馬鹿なことをしておるわ、で終わるかもしれないが、女人であれば、もはや村の中を大手を振っては歩けまい。村で噂が広まるのは早いものである。
男に妻はなかった。
そう考えると、男がバレていないと思っているだけで、もうとっくに男のこの性癖は村中に広まっているのかもしれない。女人に声をかけても、男は相手にされなかった。
そよそよと、風が草むらをかき分けていく。魔羅にかかる風が、よい刺激となる。
リリリ、と。
鈴虫やら蟋蟀(こおろぎ)、名も知らぬ虫の声がする。男は彼らにはやしたてられる面持ちで、右手を動かしていた。
草むらは男の家のすぐ裏手であった。いつも通り野良仕事を終えて、男は鍬を家に置くと、いそいそと草むらに篭ったのである。
男は息を一つはいた。
果てたのである。
彼は満足そうに、自らの白濁を見やる。
それは草にかかり、下に長く白を引いていた。男は果てた心地よさの中、ボンヤリと
「嫁が欲しい」
そう思っていた。
一人で致すのも心地の良いものではあるが、嫁に致してもらうことが出来たらどれほどよいだろう。致してもらうだけでなく、その爛れた女陰(ほと)に魔羅を突き入れて、奥の奥で吐き出せたのなら、どんなに具合が良いだろう。
しかし、そのようなことは望むべくもない。
同じ百姓連中にも相手にされないような俺に、女人がなびいてくれるはずもない。男はいっそ晴れ晴れとした顔で諦めていた。そうして、手頃な葉に、手に残った汚れを拭った時だった。
男はギョッと目を剥いた。
なんと、男が吐き出したはずの白濁が、草むらから、ぐぐ、と持ち上がったのである。
「うわぁ」
男は吃驚仰天して、魔羅をむき出しにしたまま尻餅をついてしまった。チクチクと、草が尻を刺して痛いが、それどころではない。
その白く細長いものは更に伸び上がりーーそれは、一匹の白蛇であった。
月明かりに照らされて、白い鱗が艶かしい色味を帯びていた。その蛇に、男の汚液が垂れていたのである。美しい鱗に、男の汚液が垂れかかっている。蛇は鎌首をもたげ、そのつぶらな瞳でジィッと男を見ていた。チロチロと、炎のような舌が揺れている。
チロチロ。
チロチロ。
それは、まるでこれから燃えたとうとしている業火の種火のようであった。
もしかすると、蛇はただウットリと男を見ていただけなのかもしれないが、後ろ暗い秘め事に興じていた心持ちであった男は、睨まれていると思ってしまった。男が精をふりかけたのは、化生の代表格の蛇、よりにもよって白蛇である。
白蛇は龍神さまのお使いであるとも聞いている。
蛇は相変わらずジッと、男を見ている。その視線の先は、むき出しになっている魔羅でもある。
男は、恐ろしさのあまりに真っ青になってしまった。彼は頭を地に擦り付け、許しを請うた。
「申し訳ござんせん。私めの汚い精を、その御身体に振りかけてしまい……どう謝れば良いかもわかりません。二度とここで自慰などいたしませぬ。酒や米を所望でしたら、い、いいえ、ウチにはひえや粟しかございませんが……。どうか、どうか祟るのだけはおやめくださいまし」
男は必死に謝り、しばらくして恐る恐る頭を上げて見た。
蛇は、相変わらずそこにいた。
ジィッと。
黒々とした目で見ている。
赤い舌も揺れている。
チロ……。
チロチロ。
その瞳には奇妙な光があるように思えた。
男は生きた心地がしなかった。その目はまるで、この獲物をどう食らってくれようか、という瞳にしか見えなかったからだ。
カチカチと、男の歯の根が音を立てる。
そよそよと、白々しい風が吹いていく。
ビョウ、と。
ひときわ強く風が吹くと、蛇は、チロリと舌で口の周りを舐め、草むらの中へ這い戻っていった。その最後の顔は、笑っているように見えた。
男は、もう自分は駄目だと思った。自分はあの蛇に祟り殺されてしまうのだ。女人を抱くこともなく、自慰にふければ御使いさまに精をふりかけ、祟り殺される。何という馬鹿げて情けない話なのだろう。しかし、それが自分であるのだ。
男は腰を抜かしていた。
男は、まさしく蛇のように這って、自らの家に戻った。

男は自棄(やけ)になって酒を
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