「ウワハハハハハー! 我を讃えよ! 我を崇めよ! 我こそは三千世界に巣を巡らす、深淵に潜む蜘蛛なるぞ! いずれこの街は我が手中に収まる。奴隷第一号となる栄誉にむせび泣くがよいわ。うわははははは!」
眼帯をつけた美少女がベッドの上でふんぞり返っていた。真っ黒なゴスロリ服でぺったんこの胸が強調されない。いろんな意味でイタイタしい。
「あー、はいはいそんな恐ろしい蜘蛛さまにはブラックコーヒーをさしあげましょう」
と俺が言えば、彼女は顔を真っ赤で肩を震わせた。イタくとも彼女はまぎれもない美少女だ。陶磁器のように滑らかで白い肌が赤くなるのは見ていてイタいものではない。ニヤニヤしてイタイのはむしろ俺の方。
「な……ッ! きっ、貴様……奴隷の分際で主(あるじ)を酔わそうとは、なんと言う不心得ものだ! そこに直れ、我が乗り物の蜘蛛としてこき使ってくれよう……」
「へいへい」
俺はおとなしく四つん這いになって、彼女の言うところの蜘蛛である馬になる。蜘蛛が蜘蛛に乗るとは不思議な設定だ。彼女の世界観は俺には掴みにくかった。
彼女は俺が家庭教師のバイトをしている蜘美愛(くびあ)ちゃん。これは彼女の親が付けた名前。ということは……彼女の両親がどんな人物かは推して知るべし。
そんな彼女はカフェインで酔うとのたまう。蜘蛛はカフェインで酔うらしい。
「酔っ払った我がナニをしでかしてもしらんぞ! 赤き秋星(フォーマルハウト)に眠る炎が目をさますがごとく、酔いから醒めた我が羞恥の炎で焼き尽くされるのだ!」とは彼女の言だ。
だから彼女は俺が勧めても決してコーヒーを飲もうとはしない。コーヒーこそ恐ろしい混沌だと言わんばかりに。
だというのに彼女の母親はいつも二人ぶんのコーヒーを用意してくれる。「ごゆっくり」という彼女の目にこそ何か直視できない混沌が渦巻いている気がするのだが、俺は気にしないことにしていた。
そんな彼女はご満悦で俺にまたがってきた。見た目よりも軽くて柔らかい女の子の重み。だが俺に思うところはない。まだ中学生の彼女を、俺は性的な目で見てなどいない。
この奴隷プレイ? だって、いい点数を取った彼女のお願いのご褒美だ。決して俺へのご褒美ではない。奴隷とは言ってもこうして馬ならぬ蜘蛛? になったりするくらいで、危ないものはない。
以前、奴隷の仕事はこれだけでいいのかと聞いたところ、「奴隷の分際でさらなる主の寵愛を求めるとはなんたる不敬か! 身の程をしれーい!」と彼女は顔を真っ赤にして飛びかかってきた。それはまさに蜘蛛が跳躍するようで、恐るべき身体能力だった。
初めは戸惑っていた俺だが、今では慣れたもの。彼女を背に乗せて部屋の中を闊歩する。こんなところ、彼女のご両親にも俺の両親にも見せられるわけがない。だからといって断って、彼女のご機嫌を損ねてこの妙に割のいいバイトをクビになるわけにはいかないし、俺のなけなしの尊厳以外損はしていない。
中学生になって徐々に肉付きが良くなってきているとはいえ、まだまだ幼児体型と言ってしまえる女の子のお尻が背中に乗っかって、「さあ、我が蜘蛛よ進めーい!」とぐりぐりはしゃぐ。時々ワザと押し付けているのではないか、と思うこともなくはないが、それはない。
彼女の俺へのなつき方は兄に対するそれだ。これは兄妹的なスキンシップ。家庭教師の身の上だが、俺も彼女のことは妹のように思っている。だからこそ心配にもなるわけで……。知ってるかい蜘美愛ちゃん、真っ黒な過去は忘れたころに追いかけてくるんだぜ? 実家に帰って引き出しを開けたときとかに。
俺の妹(仮)はゴスロリのフリルをふんだんにあしらった厨二な女の子……中学二年生の彼女は闘病生活真っ最中だった。
ご丁寧にも彼女の眼帯には蜘蛛の巣ガラが描かれているし、部屋の中には蜘蛛のぬいぐるみなんてものもある。以前ノックを忘れて入った時、彼女はそのぬいぐるみを抱いて俺の名を呼んでいたこともあった。当然俺はしこたま殴られたが、その意味は結局わからずじまいである。
写真立てにはリアルな巨大蜘蛛に抱き着く家族写真まである。父親が映っていないところを見ると、きっと彼がとったのだろうが……。ご満悦で巨大蜘蛛に乗っかっている母親を見る限り、家族公認という事らしい。お父さんの苦労がうかがえる。
しかし、どうしてこの子はこんなにも蜘蛛にこだわるのだろうか。女の子だったら普通蜘蛛を嫌ったりなどしないのだろうか……。不思議なものだ。
と、彼女は急に大人しくなりなんだかモジモジしていた。
「ど、奴隷よ……聞こえないか?」
「何が?」
「深淵からの呼び声だよ」
「蜘美愛(くびあ)ちゃんの声以外聞こえないな」
彼女はさらに身をよじらせる。太ももで脇腹を挟まれて、その感触にムズムズする。だが、
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